主人公不在の竜の国15



「飛び出して来たけど・・・
 何だったんだろう」
はくじは、勢いで飛び出して来たことに後悔していた

外にはロートリアスもいた
教育の名目で集まることのない育て竜たち
護り人の為の保護竜たち
その竜たちは、楽しそうだった

ロートリアスは、ちょっと違ったけど・・・

ふぅっと知らずにため息が漏れる
梢が、そっとはくじを隠すように枝を下げた
はくじは、逃げるように飛び、
一度も足を踏み入れたことのない場所で
他の生き物や、竜に見つからないように
木々の生い茂る岩陰に身を潜めていた

精霊からみてもはくじはきれいな竜だった
汚れをしらない竜
それは、こくたんに護られ
守護竜たちに護られ
そして、種族に護られて来た故の無垢な美しさだった

だからこそ、雌にと、望み
そのはくじをこくたんのように愛でたいと願う雄は多かった
強い物が好きな竜たち
その強さの次に好きなのは、きれいなものだった
それ故に、何かをつくることに興味を抱く
ブロージュは布に対して好奇心をかぎたてられるのは
それはブロージュが布の美しさを愛でているのだ

「おや、こんなところに、いらっしゃったんですか」
梢をそっとかきわけ、うずくまったはくじの頭をそっと撫でた

その手に掬われるように、顔をあげブロージュを見つめる
はくじの目には憂いの為か空色の美しい色が
どこか滲んで見えた

「ブロージュ・・・」
名を呼ぶ声も弱々しく、庇護心をそそられる
ブロージュは柔らかく笑いはくじにそっと手を差し出した
はくじはその手をふりはらうではなく
重ね、引き寄せられるように立ち上がった

しかし、ブロージュはそれだけでは終わらなかった
さらに手を引き、その腕にはくじを抱きした

「我慢・・・なさらずとも、よろしんですよ」
ブロージュが柔らかくそう言うと
はくじは、ブロージュにもたれ掛かり
ブロージュの愛する、ブロージュらしく柔らかく
幾重に重なるひだに顔を埋めた

今の顔は、何にも、誰にも見せたくない、
でも、誰かにすがりつきたくなる、そんな弱さを知るはくじだった

震える波動が、それを物語っている

こくたんにはまだ気づかない
それは、恋をしたことのある大人の竜だけが分かる波動
自らもその不安に戦き、そして、高揚を知り
繊細で、力強く、やわらかで、どこか弱々しく傷つきやすい
心が出す波動

柔らかな布のひだの中、はくじの顔を見ることはできない
でも、その波動だけではくじの気持ちは手に取るように分かった
そっと抱きしめて、なすがままのブロージュの
ぬくもりがはくじに染み渡るのに
そう時間はかからなかった

「ねぇ」
ひだの中でくぐもった声ではくじが声をかけ
ひょぃっと顔を出した
その顔は、波動が伝えて来た通り落ち着いた顔をしていた
だが、まだ不安は残っていた

「ねぇ、ブロージュ・・・」
目を合わさずブロージュをみるはくじは、声をかけたものの
どうきりだせばいいのかと、目を泳がし
長い睫がふわりと、目を被うように、目を伏せた

「こくたん・・・どうしてる?」
誰よりも何よりも気になる人
それは、彼女だったが、今のはくじの頭の中は
こくたんのことでしめられていた

誰よりも何よりも近しい半身、故に

「あなたを・・・探してますよ」
はくじ自身に言い聞かせるようにブロージュはあなたにを
ゆっくり話した

「わ、たしを・・・?」
成年竜になってから、はくじ、こくたんは自分のことを
『私《わたし》』と変化させていた
僕では、幼すぎ、私《わたくし》や我《われ》では、仰々しすぎ自分たちには似合わない
それ故に、はくじとこくたんは私《わたし》を選んだ
もともと白竜、黒竜はやわらかで丁寧な物腰のものが多い

光と闇という漠然とした形のない力
光は巡り、闇が囲む
それ故の異質さがある

穏やかで、飄々とし、つかみ所のないそれを表すように
彼らは、丁寧な物腰である事を好んだ

力ない人にとって、それは好意的なものでしかないが
その力の分かる竜たちはその強さをかみしめる結果となっていった
強い故に、あの物腰なのだと・・・

「ええ、あなたを」
断言するブロージュに、はくじは困ったように
だが、嬉しそうに目を泳がした
これが竜体であったならば、耳が竜型だったなら
へにゃりと照れて、少し赤くなっているのがわかっただろう

「あなたに伝えたいことがあるようですよ」
こともなげにブロージュが言って
はくじを見やり、柔らかく笑った

「もし、伺うことができなかった場合は、私に聞いて下さい
 あなたの為なら、お答えしますよ」

守護竜でもなくなったブロージュがそう言うことに意味があるのだが
今のはくじは、こくたんの事で頭がいっぱいだった

「私を捜して、何かを伝えたがっている
 なんだろう・・・」
いくら考えても、今のはくじには分からなかった

我が儘をいうことがすくないはくじ、こくたんだが
さらに我が儘を言わないのは、はくじの方だった

それは、はくじの望むことを言う前にこくたんが察してしまい
かなえてしまう為に言う必要がないのだ
そういう関係があたりまえになってしまっている二人の関係故に
無垢さが残っているといえよう

しかし、はくじは、はじめてこくたん含む兄弟竜から逃げ出した
はじめての明確な意志
成年竜としての自己の表れでもあり子竜時代からの脱却でもあった

それによって明確になったものがある
ブロージュは、同種族竜だけではなくはくじに敵意をもっていないこと
そして、こくたんが大事ということ

背中が寂しい、そばにある熱源がない
ブロージュがこんなにそばにいるのに、その力量は大きいのに
埋められない寂しさがある

「お邪魔にならない内に、私は行きますね」
ブロージュがささやくようにそっとはくじを撫で
はくじは、その手にすりとすりよって
小さな声でありがとう、と応えた

にこり、と笑いブロージュは人型のままその険しい崖をすべるように下って行った

「はぁ・・・」
残された寂しさというより、自分のふがいなさにため息がでる
甘やかされて護られて育った自覚は誰よりもある
人の里の時もそうだったし、今ですら
ブロージュの気配を残し、他の竜や獣を寄せ付けないようにしてくれる

逃げるぐらいはできる、戦うこともできる
でも、強くはない、早くはない
ブロージュの気遣いが嬉しく、そして哀しい
いつまでも、護られる存在だという事実に
そして、迷惑をかけてるという事実に・・・

「里にもどろうかな・・・」
気配が徐々に薄れる度に、はくじはため息とともに呟く
だが、結局その場を離れることはできなかった

木々たちも、枝をさらにさげ
日が暮れ、その白い肢体を少しでもかくそうにしていた

「み・・・つけた」

ばさりっという羽音ともに
巻き付く竜の冷たく硬い体
「はくじっ」

名前を呼ぶ、熱量
ぞくりとする感覚が、はくじの姿を竜に変えた

はくじは、おずおずと首を絡ませてすり、とこくたんにすり寄る
言葉での謝罪より、行動で示すように

幾度かお互いの体をすり寄せ
その気配と匂いを確かめ合い存分に堪能した後
おたがいの背中に頭をのせて話を始めた

その頃にはもう、お互いを許していた

「ブロージュを含む、他3竜が契約を持ってきた」
「契約?」
契約するほどの何かがわからないはくじが、こくたんの背で頭をかしげた

「契約だ、護り人が帰ってきた時まで、守護竜を続け育てる
 そして、帰ってきた時には、戦いではなく彼女の選択により
 私たちは選ばれるという契約だ」
その内容に、はくじは目を見張った
ブロージュが脅威にならない理由
そして、護り人との協定
なにより、敵対してない、否育てるという
その破格の契約内容

「驚くだろ」
そう言うこくたんも、驚いていたのだろう
「うん、びっくりした
 メリット少なすぎるよね」
そうはくじがいうと、いいや、とこくたんが笑った

「人は群れる、そして、大人になってもそう遠くは行かない
 彼女にとってそれが当たり前なら
 私たちのそばで、いない間中、保護していたとなれば
 彼女の気持ちとしては嬉しいだろう
 それ故にメリットはある」

人の世界にいって、人のことを学んだ故の回答だった

「あ、たしかに・・・」
大人といって、成人の議を済ませても、まだ村に残る若い大人たち
家族との絆が弱まることもなく、むしろ責任と愛情によって繋がっていた
森の民たち
はくじはそれを思い出して納得した

「こくたん」
ほっとした空気の中、はくじはこくたんをよぶ
ひょいと顔をあげてはくじを見る
はくじは、じっとこくたんの目を見つめた

「何だ?」
こくたんも見つめ返す

「大好きだよ」
囁くようにはくじが言う
「私も大好きだよ」
こつりと、額を当てる

「もう、目の届かないところに行かないでくれ」
懇願するようにこくたんが言う
「誰かと婚姻を結ぶまではいかない」
はくじも泣きそうな声で応える
「約束だ」
「うん、約束する」

するりと絡む長い尾の白と黒のコントラストが
大きな月の光に照らされていた
はくじ、こくたんは、お互いの存在の大事さを理解した
兄弟竜の中でも特別な双子《ふたり》

永久に共に・・・そう、誓いたい気持ちと
護り人とも共にありたい
そして、強くなりたい
そんな気持ちが、体の中を駆け巡っていた