主人公不在の竜の国12



「時は満ちたな」
一人水の中で呟いた水の王は思いを馳せた

「好奇心が旺盛かと思いきや
 臆病で、弱く
 なのにみょうに肝が座ったやつだったな
 よく笑い、よく泣いて
 考えるより先に感情がでるやつでもあったな
 人としても、幼い
 そんな小娘がよく子育てなどできものだとおもったもんだな」
その笑いは、代償の王にも響いたようで
笑い声が重なった

「なのに今は、あれを世界が求める
 王として、我らはすべきことを為そう」
応、と低く短く代償の王は答える
それは、苦渋の響きをどこか帯びていた

「何を為されるのでしょうか?
 私に手伝えることはごさいますか?」
元森の王が、問いかけるが、否という答え
これは竜のみが行えることのようだ

「あれが戻るとき、少しひっぱってやるだけだ」
冗談交じりのその言葉は、軽かった
嘘をついてるのではない、しかし、すべてを語ってもいなかった
そんな軽薄さが、言葉に滲んでいた

元竜王たちのその仕草に、森の王は、不安を覚えた
竜は竜の世界、そして森の王は人の王
森の民と竜が仲が良くても超えられない垣根が
目の前にそびえ立っているようだった

竜の王たちが、行動を起こしたのは
彼女の育てた紫の木の葉が崩れ落ちなくなった時
いなくなってから、五年の月日が流れていた
幾度も、呼びかけはしていたが、それは彼女の元には届かなかった
つながりが強くとも、扉である水盆なくしては
何もできぬか、と思った時でもあった

水の王の視界には、水の中の視界
そして、彼女の世界がコマ送りのようにかくかくと
しかし、それは急激な早さで進んでいた
紫の木にささやき、成長を促す
その声は、水の王の竜の花にも届いた
ぽうっと、水の世界が明るくなった

やわらかく色づいた花たちが、一斉に光りを放つ
その光は、どこまでも柔らかいものだった

時同じくして、彼女の育てた紫の木も光を放った
光の中でぐんぐんと育つ枝葉
それを見た紫の竜たちは、歓喜の歌を歌った

紫の巣を起点に、世界に光が満ちる
それは、奇しくも白竜が世界を循環させる光のように
純然たる力が光とともに世界に満ちる

それは、竜の世界から切り離した黒と白の里の
結界をやわらかく溶かし
さらに、世界の膜を押し広げて世界を拡張していった

竜の歌は、世界に放たれる
世界は、歓喜に溢れた
精霊たちは、その柔らかな光と力にたゆたい、戯れ
世界を巡る

「小娘、聞こえるか」
水の王は、世界と世界が繋がったことを確信して
呼びかけると
水の王さまっぽい声だなぁ、なんてのんきな声が
響いて来た

その声にほっとすると同時に
苦笑してしまう、その久々の呆けっぷりに笑うしかなくなる

「馬鹿者、聞こえてるなら返事をせんか」
叱りつけると、あれ?あれっと、慌てるようすに
変わらないと水の王の気配が緩んだ

しかし、懐かしんでばかりはいられない
王として、やるべきことをしなくてはならない
すべての竜の望み
そして、戻りたいと願うなら、彼女自身の望みでもある
その願いを、王として、聞き逃す訳にはいかなかった

世界は今安定している
しかし、その安定は、彼女が発する気配と願いによる
できることならば、強制的にでも捕まえたいが
それをすることは、できなかった
無理矢理連れてくるのはたやすい
しかし、それをして彼女は、今の彼女でいてくれるだろうか
世界を疎んじる存在となれば、
世界はどう傾ぐかわからない、そんな不安もあった

しかし、水の王は、彼女自身の幸せを願う故に
それをしない、代償の王が竜の花を咲かせられるほど
祝福を受けられたのは誰のおかげか
その恩に、感謝こそすれ仇なすことはできなかった

そんな気配を見せず
彼女と久々の対話をした
そして、彼女は戻ると約束した

「どちらで暮らすかは、未だ決められんらしいぞ
 困った小娘だな」
そう、彼女の代償の王に語ると
悪態をつきながらもどこかほっとした気配で
アレらしいと笑った

水の王は眺める
二つの世界を、来るべき日の為に