主人公不在の竜の国14



「全員・・・・雄かよ」
全体繁殖の時期が終わり
世界は飽和状態から、やや飽和した状態に落ち着くまでに
3年の月日を要した

それは、世界として、竜としては幸せな状態だった
濃厚な気配、動きやすい世界
それまでの世界の過酷さとの差もあり
そして、久々の全体繁殖
竜として、属性竜としていられる
大いに戦い、大いに混ざり合い
そして、大いに楽しんだ

子竜たちもまた、その世界の中、本能の狭間の少しの理性の時に
時の流れの速さに、焦燥感を抱いていた
時の流れは、昔と違う
もし、逆転していたら、もし、いなくなっていたらと
繁殖期の最後頃は人型に戻り理性を保った

他の竜たちから離れ
そして、全体繁殖が終わったと同時に子育て山に集まったのだ

「何?文句あるの?」
薄紫の長いまつげに被われた
透明度の高い茶色の瞳がちらりと、べにあかを捉える

「文句っていうか、あやめのところは雌が少ないだろ」
「まぁね」
そう言われると納得するあやめだった
決めつられるのは、おもしろくないが、
種族的には雌竜を望まれていたのは事実であり
彼女のことさえなければ、雌竜としてあやめはいただろう

事実、繁殖期には雄竜たちに、追い回され
戦いそして、交尾に及んだ
しかし、最後に相手を組み伏せたのは、あやめの方だった

「頭から離れなかった
 雌でいいのに、雌ではだめだって
 そう、思ったら雌でいられなかったんだよね」
ふぅっと、葉を空に浮かせそうな感じでため息をついたあやめに
そうなんだよね、とはくじが応じた

「一緒にいるなら、ルアンのように
 雌でも全然いいのに、ね
 雄じゃなきゃいけない理由なんてないはずなのに」
空気に溶け込むような歌うようなはくじの独特な話し方に
ついうっとりとしてしまう

「聞いてる?」
困った人たちだなぁ、とクスクス笑うはくじに男のかけらも見えないが
醸し出す気配は、やはり雄のもので
そのギャップに、なんで雌にならないんだろうと不思議に思えるほどだった

しかし、雄でなくてはならない理由
それは、ただ一つ
誰にも取られたくないからだ・・・

−護り人を・・・−

たとえ兄弟竜であっても
保護竜であっても
誰であっても、渡したくない人

みんな、交尾をした相手は、確かに自分と合う相手だった
戦い、お互いを高め合い、そして、一緒にいて楽しい相手だった
力のバランスも良く共にいれば満たされた気持ちになった
お互いの体に、寄り掛かり、まどろむそれは
彼女がつくりだす気配にとても似ていた

そう、気づいた瞬間、竜の婚姻を結びたくなるほどの欲求は、
彼女に向いていた

互いの相手と兄弟竜ほどのつながりはないが
体液を交換したことにより繋がりが強くなり
今もつながり合っている
しかし、それは、永遠への望みではなかった

もともと初回目で竜の婚姻を結ぶ竜は少ないから
相手竜もそれを望んではないが
心が求めている相手がいるか、どうかは相手も分かる

たんぽぽのように、交尾後相手と、そのことを話すのは珍しいが
竜にとってあこがれる人
大事な人は、別物だ
そして、竜の婚姻を結ぶ相手も・・・

たんぽぽの相手は、それほど求める相手が自分にはなかった
それ故に、そのあこがれを込めて聞いたのだろ
その気持ちを、そして、強く光るたんぽぽの気持ちを垣間見た
その輝きは竜にとって強さと同じだった
意志の強さ、そして、愛情の深さ
それは強さと同じぐらい好ましいものだった

その気持ちが、自分にもほしいと、願った事だろう

「落ち着いたから、あえてよかったよ
 一触即発とか、いやだしな」
るりがそう言うと、全員が笑った

「あいつらも人が悪いよ
 会えなくなるとか脅しておいてさ」
教わってる最中に、そんなことを言われ
今だけか・・・と寂しく思った故のほっとした笑いだった

ブロージュやルアン、そしてヴェルデやロートリアスという
他人が会えているのに、
なぜ兄弟竜ほどのつながりを持った竜たちが会えないのか
そんなことすら、考えなかった鵜呑みにした自分たちがおかしかった

「あとは、帰ってきたらいいのにねぇ」
のんびりとたんぽぽがいうと
全員が頷く

「ほんとだねぇ」
独特の言い回しの声
ルアンの声に全員がびくりと体を硬直させた

「なにもしませんよ
 私たちも心配になって来ただけですから」
ブロージュの落ち着いた声が、静かな水面に水滴を落としたように
広がって行く
「俺らも姫さんが帰ってきてないか、見に来ただけさ
 おまえらが集まってるとは思わなかったけどな」
明るく笑うヴェルデにすら
子竜たちは、にこりともしなかった

こくたんに到っては、はくじを背でかばう姿勢をとる
そう、もう、大人になってしまった子竜たちにとって
保護竜ではなくなってしまった

理性では、大丈夫といい
本能では、脅威と感じとって、そういう態度になってしまうのだ

その雰囲気を壊したのは意外にもはくじだった
背でかばうこくたんの前に出ていくはくじに
他の兄弟竜もはくじの前に立つ
手を取り、引き留めるこくたんに向き直り
手を振り払った

「護ってばかりもらわなくてもいい」
にらみつけるはくじの目は、竜の目
ゆらりとのぼる陽炎がみえるほどはくじは怒っていた

「だが・・・」
なおも食い下がろうとするこくたんに
はくじは距離を取る

「いらない」
「駄目だ」
抱きしめるこんたんに、はくじは、思い切り抵抗した

「私は、雌竜でもないし
 子竜じゃないんだ
 護らなくても自分のことは自分でするよ」

そういって、ブロージュのそばを抜け
空に飛び立つはくじを
三人の隙間から、こくたんは見るしかなかった
はくじのように、彼らに近づくことはできなかった

「おやまぁ・・・」
くすくすと笑うブロージュの声で全員がブロージュに向き直る

「甘やかすのもほどほどにね」
ルアンもつられたように笑う
こくたんは、手をすり抜けていったはくじに
自分が求めている相手が、彼女だけではないことを痛感した

「ま、落ち着きなさい、あんたら」
ルアンは、ぴりぴりした気配を蹴散らすように
全員を眺める
それは、喧嘩を売るなら買うけど、どうする、と
体現しているに変わりない行動だった故に
子竜たちは、かるく目を伏せた

戦っても勝てない、そして、相手にはその意志がない
分かっていても、コントロールできない状態に戸惑うしかなかった

「兄弟竜のつながりが強くて良かったな」
ヴェルデのその言葉で、
自分たちが会えたことの幸福さに胸が熱くなった
その途端、相手の竜より自分の気持ちが高まり
ぴりぴりとした気配は、昔のように気になるが、なにもない
そんな気配へと変わった

「普通は、本当にあえなくなるのか・・・」
呟くようにときわがいうと
まぁな、とコントロールがきかなった
ついこの前の自分の事でも思い出したのかヴェルデは苦笑いをして答えた

「やっとお話できる状態ですね
 はくじには、あとから話をしておきます
 それか」
そう言って、ちらりとこくたんを見る
「伝えておいてくださいね」

もし、伝えられるならば、そうしたいであろう
こくたんにまかせ、
だめなら、自分がすると安心感を持たせるようにブロージュが言う

「今日は、な、
 お名前らに、一応宣言しておこうって思ってさ
 おまえも、入れよ」

ヴェルデが、外に声をかけると
入り口から入ってきたのは赤竜のロートリアスだった

「え?」
意外な登場人物に、あやめが声をこぼした
「ロートリアスが、なんで来るんだ?」
同種族のべにあかも不思議そうに聞く

「うるせぇよ・・・
 悪かったな、来て
 いっとくが、あいつは・・・俺がもらうからな」
そういった途端、目に見えて赤くなり
ふいっと、そっぽを向いた

「はぁ?」
すっとんきょうな声をあげるしかない
宣言するにしても、やり方があるだろうよ
と言いたくなるような体たらくに
子竜たちは、唖然とした

あの、ロートリアスが、どうなったらこうなったのか

「まぁ、彼の説明では、理解できないでしょうし
 分かってる話でもありますよね
 私たちが、姫様を手に入れたいと思っているのは」
そう、ブロージュがいうと、全員が気を引き締め頷いた

「まぁ、そういう訳で、さしずめあの子の争奪戦なんだけど
 あの子ってば、戦いを見ても、きっと泣くだけでしょ?」
ルアンが、しょうがない子ね
という風に柔らかくほおを緩める

可愛くて可愛くて、愛しくて仕方ない
そんな表情に、子竜たちは、この保護竜たちが
弱い自分たちに契約を持ってきたのだと理解した

「うん、俺らの戦いの邪魔するぐらいだもんな」
あの、怪我のことを思い出してるりは言う
あの時から、何年たったんだろう
そして、今彼女はなにをしているんだろう

「だからな、俺たちは戦いで決着がつけれないんだよ
 竜として、戦うのはありだ
 でも、あいつはそれでは、手に入れられない」

噛み含めるにいうのは自分の為か、子竜の為なのか
ヴェルデは、そう言って子竜たちを見る

「選んで貰おう、それが一番だろうね」

こくたんがそういうと、その場にいる全員が頷いた
「だから、あたしたちは、アンタをこれまで通り
 教育してあげるよ
 あの子の竜が弱い竜なんて、私には耐えられないしね」
笑うルアンに、子竜たちはうれしい反面悔しかった

「助かるけど、複雑だね」
ぽりぽりと頭を掻くたんぽぽに
「ありがたいと思って下さい」
ブロージュが茶目っ気たっぷりにそういうと
全員から、はじめて笑いがこぼれた

それは、昔でもなかったこと
ブロージュは強い竜、敵になると脅威でしかない
そのブロージュが契約した
それによって竜たちの絆がはじめて生まれた

これをみたらきっと、彼女は喜ぶだろう
その本質は見抜けないだろうが

「はくじに伝える」
そう言って、ブロージュ、ルアンの脇をすりぬけるこくたん
「行ってこい」
見送るヴェルデに応え羽ばたく
漆黒の美しい羽が青い蒼い空に広がる
誰よりもつながりが深い
真っ白の竜に向けて