主人公不在の竜の国 3



「なんで・・・戻ってこないんだよ」
そう言って、いつも彼女が座り込んでいた場所を拳で叩きつけたのは
べにあかだった

「お前ら、何やったんだ」
まだ人型固定時期の為、竜体になれないべにあかとるりを連れてきた
赤竜のロートリアスが、二人にそう聞いた

「前、オレがあいつと戦って怪我した時
 その次の日、あいつがここにやって来た
 そうして、その戦いを止めようと、護り人は、火を纏い掛けてる状態のあいつを
 抱き締めた」
そう、べにあかが下を向いたままの姿勢で苦々しく吐き捨てるように言うと
ロートリアスは、ぴくり、と反応した
「大概、仲悪ぃと思ったらそう言う理由か
 まぁ、その前からかもしれんが・・・」

そう、ロートリアスがいうには、訳がある
変態期を迎えるにあたり、彼女が巣を訪れた時
空間の波動が変わった

赤竜の巣は、力に敏感な活火山でできた巣である
何故、力に敏感であるかは、成り立ちによるものが大きい

時は、暗黒時代、今の砂漠地帯に生えていた紫の木がまず最初に傷付けられた
そして、世界にその力を放出することなく、ただ崩れていった
それは、空間に出来た穴、その穴を補填するように、力はそこに集まろうとする
だが、1本また1本、傷付けられ連動するように崩れ落ちていく
紫の木の穴を埋めるための流れは、波動となり、他の植物、
世界へと津波のように世界を混沌の渦へと追いやった

当時の赤竜の長は、その津波を押しとどめ荒ぶる力を火の力に変換した
そして、水へ
それ故、火と水の力は今も安定度が高い

そうして出来た活火山の巣は、力あるもの
それも純然たる力、無属性であればあるほど
反応を示す
世界に漂う根本的な力故に

そして、彼女が入って来た瞬間
赤竜の里は、その力に反応を示した

それに目をつけたのが、あの赤竜だったのだ
強くなることに対して貪欲なのは、どの竜も変わらない
しかし、同じ時期に生まれてもロートリアスとあの竜では
育ってきた経緯が違う
むしろ、成長度合いでは、子竜たちと近く
ロートリアスとは開きがある
しかし、強さは、あの竜の方が上だ

あの竜は、彼女に目をつけ、その力を欲した

ロートリアス自身は、人間嫌いも有って近付くつもりも無かった
しかし、彼女がこの竜の国に来た時
成竜になっても長の元を離れないロートリアスに
長は命じた

影ながら、竜の子とその護り人を見ろと
助けが必要なれば、手助けしろと
しかし、お前に竜の付き人になるほどの力はないから
それぐらいで十分だろう

そうからかい半分に言ったのは
ロートリアスの気質を知ってのこと
それから、ほぼ毎日、訪れ見守り
そして、巣へと帰っていた

そうしてロートリアスは、理解した
人というものを、いやむしろ、彼女というものを

人と言う者は個体差が激しすぎるということをまず理解した
彼女は、無垢だった
あの狭い部屋の中で、竜の仕立てた布を毎日せっせと縫って
育てている子竜たちに服を作っていた

その品には護りや癒し力があり
たしかに、それによって彼らは護られていた

長の近くにいたあの女とは全く別の生き物のようだった
長以外の竜を見下し、まるで自分の配下のように長を扱ったあの女と・・・

泣いて笑って、怒って、くるくるめまぐるしく変わる少女に目を奪われた
竜の護り人の付き人でもないのに、せっせと通い
そして、彼女の傍に有るのは
長の命だけが理由ではなかった
その事実に気付いたのは、そう、彼もまた彼女が居なくなってからだった

「絶対にあいつにだけは渡さない」
そうべにあかは言うが、渡さないの中に自分が含まれ挑まれたような気がして
ロートリアスの竜の本質が目覚め掛けた

付き人ではないから、竜の規約に縛られていない
付き人ならば、子どもの護り人は奪えない
それは、命を奪うと等しい行為であるからだ
強きものを求める為には、竜は、護り人を奪う
護り人だけではない、番の竜ですら奪うこともある
そうして、強さを求め戦い
番となったものたちは、協力してそれを撃退する

その為に、付き人がいる
人には護るべき力はない、だからこそ、強き竜と近い年の若い竜があてがわれる

しかし、人の為の付き人は今回が初めてである
人の国に託した竜の卵は、竜の居ない人の世で育つため
竜の付き人をつける必要はない

竜に竜の付き人があてがわれるとき
それは、王や長となるべく強き竜のみ

まじりと呼ばれた、混血の7兄弟にあてがい
かつ、人の護り人が竜の国であるという
何もかもが初めての試みであったりしたのだ

「その後、竜の戦いを邪魔しないでって話をしたけど
 無理って言われて口論になった
 弱いのに、“おかーさん”だからって護るんだって」
相変わらずるりは淡々とそう言って
おかーさんという単語を使う時だけ不思議そうな顔をした

「“おかーさん”?」
ロートリアスも不思議そうにその言葉を復唱した

「うん、“おかーさん”だって
 なんだろうね、“おかーさん”って」
そう、るりが言うと、三人の上にクエッションマークが浮かんだ

「“おかーさん”が、解らないのですか?」
そう聞いたのは、森の王の声

「あ、森の王、こんにちは」
るりとべにあかがそう言うと、はい、こんにちはと森の王が答えた

どんな時も挨拶はちゃんとすること、
そう彼女は言った
だから、子竜たちはそれを今も守っている

「“おかーさん”は解らない」
べにあかがそう言うと、笑い声とともに元竜の王が言った
それにも挨拶をすると、元竜の王は、笑いながら話しを始めた

「基本的に親子関係についての名称はないな」
「ああ、そういうことですか・・・
 ちょっと驚いてしまいました」
そう、木の中だけで理解し続けられる会話に、こんこんと木を叩いて
注意を促したのは、るりだった

「二人だけで納得しないで、説明」
ちょっと呆れた声で、そう言うと、森の王が慌てて謝罪をし
説明を始めた

“おかーさん”と言うのは、
子どもが、生んでくれた人を基本的には指すんですよ
ただ、子どもを変わりに育てた人
義母にも使いますね

そう、柔らかな声で説明して、“おかーさん”を示すもの自体は理解した
竜たちだったが、論点はそこには無かった

「で、それが何故竜の戦いを止める理由になる?」
そうるりが聞くと、
木の中で、うーんとうなり声
それについては、森の王も解らないらしい

竜と人の暮らしは混じり合ったものではない
人の暮らしについては、人は理解してるが竜は知らず
逆もまた然りだ

「人のことは人に聞くがよいのではないか」
そう、元竜の王がそう言うと、べにあかは頷いた

「もう、これ以上居ないのはいやだし
 ちょっと、対策練ろう」
そう言うと、ありがとうもそこそこに、子ども部屋を出て行く
空に飛び出したと同時に竜体になったロートリアスに飛び乗って
三人は子ども部屋を後にした

向かうは、砂漠
こくたんとはくじ
そして、ブロージュに会うために