主人公不在の竜の国 7



「人の世界を知るっていうけど、どうやって?」
そう聞いたのは、兄弟竜のつながりで、呼び合い紫の巣から移動来て
全員が、緑の里に集まった

その中には、ルアン、ヴェルデという保護竜も集まり
本当に、この輪の中にいないのは、護り人である彼女だけだった

森の中も、どこか雰囲気が違った
力強き竜ブロージュがいる時は、いつもしんと静まり返る森なのに
今は、けたたましい警告音をあげる鳥や動物たちの鳴き声が響き渡っていた

その音は、危機感以外は感じられない
世界も、精霊も、竜も
そして、動植物もすべてこの漠然とした危機に面して
どうすることもできず、右往左往しているようだ

「全く困った事になったねぇ」
たんぽぽの質問には答えず、ルアンがため息混じりに言う
それもそのはず、ルアンまた雌竜ながら、彼女を気に入り
そして、その力と優しさに心惹かれているのだから

帰ってこない、その事実が、子竜たち以上に納得行かないのは
ルアンかもしれない
逃げ出すような子じゃない、もし、もう駄目だっていうなら
絶対にさよならをしてくれる

そう、ルアンは、彼女を信じている
そして、それははずれていない
きらいと言って、拒絶してしまった彼女だが
地球では、後悔の嵐、せめて、一度でいいから帰りたいを請い願い
それは未だ叶えられない

鍵がかかってしまった扉のように、両側から引いて押して
叩いて叫んで、そんな状態なのに
その声は、完全に隔てられていた

「人の事を知りたい、そうおっしゃる竜は珍しいですね」
そう、大気をくすぐるような柔らかな振動と
さくさくと、踏みしめる下草の音が、近づいてきた

「ああ、来てくれたのか」
そう、ヴェルデが、振り返ると、ええとにこりと笑う男性
がっしりとした体格に、どちらかといえはルアンとよく似た雰囲気の服装
露出度合いは高めだが、しっかりとした皮で体を巻いている

「緑のヴェルデ、貴方の召還により
 森の民、モルスの一族のカイキ、ここに参りました」
そういって、敵意がないことを示すように
下にある何かを抱くように両手を伸ばした

それは、ちょうど小さな卵が1つ収まる形
あなた方竜の大事な命を預かるように、私は貴方に命を預けます
そういった意味合いの姿勢であり、敵意がない印だが
竜側でその事を知っているのは、長のまわりにいる人に関わる竜や
長、王以外は、必要な情報として血の記憶も働かない

長の側付きの、ブロージュ、ヴェルデ、ロートリアスは
その仕草の意味を瞬時に理解していた
そして、同時にそういう形を必要とする人の弱さに嘆息した

ちなみに、モルスとは、彼らが暮らす森の中に沢山生えている木の名前
匂いがきつく、強く、常に緑
そう針葉樹のような木の名前だった

その名前を決めたのは、どこかの人であった為
この名称も竜の血からは得られない

しかし、子竜たちは属性のようなものだと把握し
大人たちのやりとり
竜と人のやりとりをじっと見ていた

森の民、森の国は王と呼ばれるものはいるが
沢山の一族の集合体の国である
新参物の国故の若さ、定まらぬ形
それは、この竜の国で生きる知恵を模索し
そして共存の道へと歩んでいる国である

もとより狩猟民族だった彼らは
その土地、土地に畏敬の念を抱き
生きること、生かされること、ここにあること
それを感謝し生きて来た

その対象は竜ではない
竜は大きな隣人である
それ故、友好的でもっとも、人の暮らしを理解するには
この森の国での暮らしが適しているといことで
子竜たちをお願いすることにしていた

森にすむヴェルデ
そして、森の国の民 カイキ
この二人がであったのも不思議ではない

15歳の大人の証として森の民は
竜の森へと近づく、そして彼らは出会った

カイキ15の夏
ヴェルデ、変態期のことだった
森の一族の今までの人にはない風変わりな風習は
精霊たちに愛されていた

身近な動植物から一族の名前を頂く
カイキの一族は、針葉樹のモルス
そのモルスの一部を頂き身に付け世界と共にある

精霊たちが感じ
その属性に近いものたちが力添えをすることがある為
彼らにとっての守護精霊となっていった
その精霊を探しに、大人になる為に
森の一族は修行に出かけていく
しかし、本当に大事なのは、15歳の一人修行の時に見つけ、作り出した
伴侶にしか見せることのないものがある
互いにそれを交換し、身に付ける
そして、相手が不慮の事故にあった時、それは、傷つき割れる

森の中をさまよい、そして暮らす森の民たちは
精霊とも、竜とも密接に暮らしているのだ

ヴェルデと、カイキは見知った間柄
それ故の親しさはあるが、
そのヴェルデが、表立たずにいるということで
彼は正式な挨拶をした

そう、ここには、竜の国の王に近い竜が
二人もいるのだから
ルアンはまだわからないが、ブロージュは王にならないと宣言している
しかし、力が基準の竜にとって
ブロージュは捨てておけない存在だった
カイキからしても、人型をとっていてもなお溢れる力の輝き
そして精霊力に戦きそうになる

「白のブロージュです
 初めまして、モルスの一族のカイキ
 ここに出会えた事を感謝します」
そういって、ブロージュは、胸の前で卵を持ち上げるような仕草をした
カイキは、あわてることなく、その手のそばで
手をさしのべ卵を受け取るような仕草をした

「私は黄のルアン、で、こっちが、赤のロートリアス
 で、この子らは、7種族の兄弟竜さ
 お願いがあってね」
そう、ルアンが言うと、こくりと肯き
続きを促した

「僕たちをしばらく人の世界で暮らさせてほしい
 兄弟ばらばらでもいいし、一緒でもいい
 人の考えや、やり方、暮らし方
 学べるものは何でも学びたい」
そう、カイキの目をみて言ったのは
あやめだった

なにをすべきなのかは、紫の巣で
こんこんと言われたせいなのか
彼女を失ったことにより、考えたせいなのかは
わからないが、あやめがそういうと

兄弟声が
おお、ああ・・と脳内に響いた
明確になった道筋に、そして、それを思いつかない自分たちへの声だった

「では、全員共に
 その代わり、竜だからと言って人以外の事を許しません
 そして、この期間竜にならないでください」
「それは、大丈夫、なれないし、ならない
 約束する」
そうこくたんがいうと、全員が肯いた

「よろしくお願いします」
ぺこりと頭を最初に下げたのは、ときわ
そして、それに続くように挨拶の合唱があり
深々とお辞儀をした

「これは、懐かしい」
カイキの声がことさら優しく響いた

「お辞儀ですね
 祖母が生きていたら、喜んだことでしょう」
そう言うと、にこりとはくじが笑った
その笑顔に、カイキも頬を揺るましたが
はくじは、すっと、こくたんの後ろに隠れてしまった

竜も個性豊かですね、
かわいらしい方なので、将来は女の方になるのでしょうね
そう、カイキが頭の中で考えてしまうほど
はくじは、こくたんを頼り、そして美しかった
髪の色をみれば、ブロージュと同じ白竜であるのはわかるが
柔らかで繊細なその雰囲気には、目が放せない魅力があった
しかし、ここは竜の森、そんなことをしている場合でないのは
人であるカイキの方がわかっていた

「では、参りましょう
 これから冬です
 今年の冬はことさら厳しくなるでしょう
 蓄える準備をしますから
 大変ですよ」
そういって、成竜の4人にぺこりとお辞儀をして
子竜たちを引きつれて言った

「無駄にはならないでしょう」
「まぁねぇ、姫は人だからね
 あの子泣いてないといいんだけど・・・」
そういうと、ルアンの周りにいる精霊たちか
くるくるちかちかルアンの周りを光りながら回る
それは、ルアンの不安というより、集合意識としての精霊の不安を表す
ルアンはそんな精霊たちに優しく声をかけ、どこかに納めた

「オレ達ですることはあるか?」
なにもしないのは、しょうにあわないロートリアスがそういうと
肯いて、全員を見たのはブロージュだった

「水盆を一つでも多く、力のある水盆を
 彼女の姿を、そして今を知るためにつくりませんか?」
そういうと、全員が肯いた

「足りない属性は、全員でフォーローでどうにかなるか
 やってみないとわからないよな」
ヴェルデが問題点を洗うが、
4種族といえども、純属性なのは、ロートリアスだけ
力あるブロージュ・ルアンは言わずとしれた話
水と風の力のあるヴェルデが大事な2点を支えられる
それは、ヴェルデの自信でもあり
姫の為にできる事がある、そう思うと
曇っていた心に一筋の光が射したそんな気持ちになったヴェルデだった

安定度の強い湖に場所を移そうと
竜体になったとたん、森はしんっと静まり返った
ばさりと、風をはらみ空に飛び立つ他の竜を
ヴェルデは風を送り空へと持ち上げる

行きましょう、そう響く声に呼応し
羽ばたきを強めた