主人公不在の竜の国11



白から薄紫に世界が染まる頃
竜たちは目覚めた
竜の目覚めを知るすべての生き物が活気付き
にぎわいがさらに増す
竜の目覚めとともに、繁殖期が始まるからだ

「花房が小さいですね・・・」
ふわりと大地に降りたったブロージュが頭上の紫の花を見上げながら呟くと
続いておりてきたルアンに咲いただけ、ましだと窘められた

紫の木も竜と同じく、世界とともに生きる
花が少ない年、咲かない年、満開な時
それは、世界の力の流れを示すバロメーターとなっているが
竜にとってその指数は必要なかった

竜の目覚めの時期は一定ではない
世界の目覚めとともに目覚める故に
今の竜の世界では、春、紫の木が花を咲かせ
大気に十分に気を放ってから目覚めるほど遅くなっていた

そして、竜は目覚め、世界が活気にあふれる

しかし、子竜たちの変態期の時のように、
しばらく目覚めないことを選ぶ竜もいた
それは世界のためであり、自身のためでもあった
世界を巡る不安定な力より、それを竜の体内にため込み保管することで
流出を防ぐことができるからでもあり
その力を持って世代を越えるのだ
変態期ほど、世界との繋がり、否混じり合いは強くはない
しかし、個でありながら、世界の流れから切り離され
世界とだけ繋がる、それ故強くなり、それ故長く生きる

来るべき時に目覚めるために
種の保存、気の保存、そして、自分という個体の保存
全であり個であるの竜は、誰が指示もなく眠り目覚める
それが世界のあるべき姿故に

「そうですね、咲かないかと思ってました
 特にこの地の花は」
「姫がいないからねぇ」
見上げる先は、花ではなくもっともっと高い白い塔の最上階
かつての紫の木の石化した姿
その中の子供部屋の中の中心であった人物の居場所を見つめる

彼女のいない、光のない居場所に
半ば失望にも似た感情を覚える
いつになったら、と問わずには言われない
渇望する気持ちと、耐える気持ちは、いつの間にか力関係が
逆転してしまっていた

「来てたんですか」
ふわりと風とともにヴェルデが二人の元に降りてきた
「春になりましたからね」
子竜たちとも約束した、もし・・・もし、帰ってきてるかもしれないから
代わりに見て欲しいと
言われずとも行くつもりだったが
育てている子竜の望みに、静かに頷き
心配せず、しっかり励んでおいで、と送り出した
その子竜たちは、この春が来てどんな風に成長したのだろか

人のことは少しでも学べたのだろうか
彼女が帰ってきて、笑顔が増えるぐらいに

「花、咲いたな
 姫さんと繋がってるのかな」
明るいヴェルデの声に、不思議に思った二人はヴェルデをじっとみた
その視線に、居心地悪そうに身じろぎをしたヴェルデだが
紫の種について、まだ誰にも言ってないことに気付いて
ああ、と呟いた

「冬にここに来たんですよ」
「自殺行為だねぇ」
間髪いれずルアンにそう言われて、頷いたが
「呼ばれたんですよ、寝てたのに起こされて
 気になって寝てられなかった
 だから来たんですよ」
あの寒さを思い出したかのようにヴェルデの瞳が一瞬白く濁り
次の瞬間、ぱっと綺麗な色に戻った
「王たちにも、怒られ体を温めて
 服をきたら紫の種があったんですよ」
「姫さまに預けてあったものですね」
「そう、その5つの種だ
 誰も気付かず、残って死にかけてた」
「むしろ、崩れていなかったことが行幸でしょう」

そういえるほど、彼女のいないあの場所は過酷な場所
場所がないとはえ、なぜ、そんな場所が、と思うだろう
それは、昔は、違ったのだ
石化した紫の木は、じっくり大気に
大地に溶けるだけの存在だったというのに
中に力が存在することによりその速度は2倍にも3倍にもなった
それ故周りの木々も成長し花を咲かせた
本来ならまだ花すら咲かせておらず
彼女が見上げるほど大きな木でもなかっただろう

しかし、その中で彼女も彼女の子竜たちも問題なかったのは
それだけの強大な力であり
それがある故に回りの大気も地も育ち、よい子育ての地場となった

しかし、一度、浸透率が高くなった子育て山は
今は、恐ろしい場所になった
それ故近づくものは、彼らのみだった
帰ってきたことに気付き、そして迎えられるのもまた彼らのみなのだ

「オレはその種を持って、湖の神殿に飛んだ
 老巫女がその種を送ってくれた
 送れたのは老巫女が前代の湖の女王付きの巫女だったのと
 ・・・姫さんがさ・・・」
「姫さまが?」
「あの子がどうしたんだい?」
口ごもったヴェルデに早く話を続けなさいと
圧力をかけながら問う二人に身を引きながらヴェルデは続けた

「俺たちが作った水盆に写るらしい
 老巫女がいうには、それほど力が強いらしい
 だから、道がちゃんと出来てるって証拠だよな?」
そう聞いたのは、道といえば、白竜の役割
確信をもって頷くブロージュに、ヴェルデは自分の考えが
間違ってなかったことを確信した

「じゃぁ、帰ってこれるな
 本人も帰りたいって言ってるらしい
 ってっうわっ」
どすんっと音を立てて、ヴェルデは地面に転がった
しかし、痛くはなかった
むしろ、苦しいが正しいだろう

「あんたって子は・・・」
ぎゅむっと抱きしめたルアンの力は強かった
かすかに震えてるのは、それは込めた力のせいではない
わき上がる感情で体が震えてるのだ

髪の毛をかき分けられる感触がして上を見上げると
しゃがみ込んだブロージュがヴェルデを優しくなでていた

「良く、やりましたね」
「なっ・・・お前ら、オレは子竜じゃねぇ、認められるのは嬉しいが
 はなせっ、撫でるな」

押しどけようとしても、ヴェルデより力の強いルアンと
そして、撫でながら、起きあがるのを邪魔するブロージュに
ヴェルデも抵抗しながら、この喜びを共感していた

「いつの間にか、立派になったもんだねぇ
 あんたも一人前の男になるんだねぇ」
立ち上がったルアンがそうしみじみそう言ったのを聞いて
ブロージュも笑いながら頷いた

「あの子たちも、成長するわけですね」

竜は子育てにそこまで関心がない
本能により、手助けをするだけで、本質をみているわけではない
竜と竜の対峙は、成竜になってから初めてはじまる

「今もがんばってるしねぇ」
ルアンも、その子竜という垣根を超えて
子竜たちを認めている

「そうだな・・・俺もがんばらねぇとな」

いつの間にか体を離して立ち上がったルアンに手を引かれ
ヴェルデは立ち上がった

「最後は、姫さんの意志だけどさ・・・
 俺、アンタらやチビどもに負けねぇから
 帰って来て、こっちで暮らしてくれるなら
 俺は竜の婚姻を結ぶ」

きゅっと縦になった光彩で、ルアン、ブロージュを見つめるヴェルデ
その言葉を受けて、ルアン片眉をひょいっと上げ
口を開こうとしたが口をきゅっと閉じた
代わりに口を開いたのは、ブロージュだった

「あなたがそのつもりなのは知っていますよ
 ただ、それは、こちらも同じことというとも知っていますね
 先ほどあなたがいったように
 あなたは子竜ではない、私に戦いを挑むつもりですか?」

竜の婚姻は本人同士によるものだが
そこに至るまでは、他の竜が大いに関わる
それは、戦いで勝敗が決される

竜の婚姻を結んだ後でも戦いはあるが
婚姻が破られないかぎりは、婚姻を結んだ竜同士で
その相手に挑む
2対その相手のするため、ほとんど破られることはない

破られるのは、そう年老いて老年期にはいった時のみである

「竜として戦いたい、でも、俺はアンタにかなわないのはわかってる」
すっと目をそらして目を少し伏せた

「あの子もそれはのぞまないだろうからね」
「私としては残念なことですけどね」
ふわりと、空気が流れた

「でも、竜として、強くなる
 子竜たちもそう思ってるだろうし
 アンタらも当たり前におもってるだろ?」
「当たり前だろぅ?私らは竜なんだよ
 姫が人であるようにね」

それが別れの挨拶だったようで、ばさりと羽を広げた三人は空へ
ヴェルデは、森へ飛び立った

「姫さまと関わる竜は、竜の枠を飛び越えて成長するようですね」
おもしろそうに、ルアンに話しかけるブロージュに
そうだねぇと、笑って頷くルアン

「あの子の魅力だろうね
 何かをするにはどうしたらいいかを考えちゃうのは
 竜の使命より重いとは言わないけど
 それに近いものがあるね、あの子には」
「そうなんですよね
 姫さまは、まるで紫の木のようです
 同じように弱く、そして強い
 生命の源であるように思えますよ

 そう・・・道がそこから始まる標のように・・・」

どこでもない虚空を見つめるブロージュの目線をおって
ルアンもまた、虚空を見つめる
それは、見えない道が、見えているよう
そしてその道に、彼女が立っているのだろう

「会いに行くかぃ?」
ルアンはそうブロージュに誘いかけた
「そうですね、行きましょう
 湖の国からつながる先へ
 せめて気持ちが届くように」

自ら映るほど、この地とつながりが強いのは
紫の木の竜が、たっぷりとたっぷりと液をのませたせい
いつかのために、何かのために
貴重で、そして、竜にとっては毒薬に等しい味のものを
おいしいと喜んだ彼女に
この地で、紫の地で暮らしてもらえるようにと願いを込めて
あの竜は願った

戻りたいと願うたび、映りし水盆に
ささやく言葉は、きっと彼女の元に届くだろう
そう二人は願いを込めてささやいた

「帰って来て下さい」

「アンタがいないと寂しいよ
 戻っておいで」

二人にはこの壺の向こうにいるだろう彼女のことしか頭になかった
お互いの存在もそして、この地にいる巫女たちのことも
うっとりとするささやきが、自分ではないことに哀しむもの
そのささやきに魅了されるもの
いつかは、竜さまと、と将来を思わせるものがあった

「私たちも、アンタが戻って来てもいいように
 準備しておくからね
 ちゃんと、準備しておいで
 もう、逃がさないんだからね」

その言葉に、くすくすと精霊たちが笑う
それ故に、彼女にその言葉は届かなかったが
確実に届けた言葉がある
そして、彼女のささやきもまた、こちらに返ってこなかった

しかし、その暖かで柔らかい気配は
水盆を通して世界に広がる
その中心にいたブロージュとルアンは
うっとりと目を細めた

彼女の気配、そして、力が身に、世界に流れ込んだ

「たしかに、帰ってきそうだね
 でも、まだだね
 あの子の力はこんなものじゃなかった」
ルアンが言う言葉に間違いはなかった
1割以下の力に過ぎない波動
それだけしか、つながりはないということ
水盆を作り、彼女とつながりを深めるべきなのか
それとも、世界がこれ以上縮小しないよう
おとなしくしておくべきなのか
今の二人には分からなかった

でも、戻ってくる
その希望だけは手に入れた

それから長い月日が流れる
彼女は地球で暮らし
竜たちは、竜の暮らしを細々と続ける

精霊たちがささやく彼女の物語
それに、目を細め聞き入り
そして、子竜たちは、昔を偲ぶ
竜として強くなりながら・・・
いつかのために