主人公不在の竜の国1



ぐにゃりと空間が歪み
急速に閉じていく感覚がした

その感覚に一番早く反応を示したのは、
空間を保持する能力を持つ黒竜のこくたんだった

世界が、閉じる

そう思って、護り人である彼女に目を向けると
薄くぼんやりとなっていたが
それに気付いたのは、こくたんだけだった

ぼたぼたと大粒の涙を流しながら
子竜たち全員に訴えるように言っているが
彼女のそれは、誰の心にも響かなかった
心と体に響く悲痛な叫びに似た波動と、
彼女の涙だけは、痛いほどほど子竜たちに伝わっていた

どうして?、何故?と、言われても
竜には竜の生き方がある
どうして、そうじゃないの?そう聞くほど幼くはないけど
聞いてしまいたくなったほど
彼女と子竜たちに齟齬が生じていた

泣いている彼女を見るのは、好きじゃない
笑っていてほしい、好きだって言って抱き締めて欲しい
そう思うのは全員同じなのに
竜の戦いを邪魔し、彼女自身が傷を負うことをどうぞ、と許すわけにはいかない
それは、彼女が子竜たちが傷つくことを厭うよりも
もっと、強い意志だった

人間は弱い
竜の世界の、仕切られた世界でしか生きられないぐらい弱い生き物なのに
何故、そんな強気なことが言え
竜に強制するのか解らなかった

護られるだけの幼竜時代は終わっている
その時代を終えてもなお彼女と居たいのは
彼女の放つ気配と、やさしさと、彼女と共に有りたいと思う気持ちがあり
共に育った兄弟竜と居られ
強い成竜たちがこぞって育ててくれることもある

里や巣に帰るよりよっぽど成長できると満場一致で戻ってきた
兄弟竜がここまで多いのは、
過去に例をみない
それも、他種族というのは、初めてかもしれない
だから、各地でも彼女の功績は褒められ
何より、紫の木を育てる能力については、称えられた

なのに今、彼女が遠くなって行く

「竜のしきたりとか、ルールとか
 そんなこと、わかるわけないじゃない
 私は生まれも育ちも人間だし、それ以外になんて
 なりたくてもなれないわよ

 みんな、嫌いよ!!!」

長い黒髪が、風に舞うように揺れた
飛び散った涙が
白い砂に散って音もなく吸い込まれていく

しかし、その目に見えた仕草より
精霊たちが凄い勢いで四散していく
彼女の気配、7属性の竜の集まる安定した空間から
零れ出す水のように

「え?」
紫竜のあやめが目を見張った
その言葉がきっかけのように彼女と世界は遠くなる

「いなく・・・なった?」
目を凝らしても、周りを見ても彼女はいない
赤竜のべにあか、そして、緑竜のときわ、青竜のるりが
同時に似た言葉を呟いた

「いないね」
黄竜のたんぽぽが、そう言うと、こくりと白竜のはくじが頷く

「何か、悪いこと言った?」
言葉より、拒絶感を感じたあやめが、
そうみんなに聞くと、聞かれたみんなが首を横に振る

むしろ、不安定なった世界と、繋がりにより
言葉は竜たちにほとんど届いていなかった
ただ、泣いている感覚
そして、拒絶感、絶望にも似た感覚が波のように繰り返し押し寄せていた

「当たり前の事を言っただけだと思うけど」
るりは、そう言って、居なくなってがらんとした空間を見つめる

彼女がいることによって灯っていた火が
部屋の中から失われてしまった

各自契約した精霊以外の精霊たちもいない空間
本来ここで有るべき空間となっただけなのだが
それは、不思議なぐらい空虚だった

「また、帰ってくるよな」
ときわがそう言ったのを受けてこくたんが答えた

「前、幼竜時代に、空間が不安定になって帰った時と似てる」
そう言った時、みんな思い出したように
ああ、と頷いた

とある冬、宿籠もりをしていた幼竜時代
たしか、あれは、初めての宿籠もりではなかっただろうか
その時、精霊たちの暖かさと、彼女がいる暖かさが気持ちよくて
全員安心してまどろんでいた

しかし、空間に罅が入ったように、冷気が飛び込んできて目覚めると
彼女はいなかった
全員で渇望した、その声は精霊を通じ世界に響き渡り
子竜たちが持てる力を出し切って叫んだ

そして、彼女は戻ってきた

だから、きっと、また戻ってくる

子竜たちは、そう、考えていた