主人公不在の竜の国 6



「時間がある時、水盆を作りましょう
 自分で作った水盆のほうが、願いは届きますよ」
そう言って、ブロージュが言うと
そうなのか・・・と頷く、4人に笑いを深くながら
ブロージュは答える

「ここにある水盆は、全て、竜が作ったものですよ
 一番多く作ったのは、王自身でしょうが
 ある意味、竜と人とのとり決めですね

 何かをみたい時は、水盆を借りる
 新しい巫女がはいったら、水盆を送る
 そして、卵を1つ預けるというね

 あとは、そうですね、竜のための場所ともいえますから
 恋人さがし、人を選ぶなら、ぴったりですね」
そう言うと、4人は、ああ・・と頷いた

「竜の巫女ね」
護り人より、護り女よりなにより、竜の花嫁になると言われる
竜の巫女
竜のためだけの教育をうけ、そして、竜の子を産み育てる
生涯を通じて、竜の為に生きる女性たち
神と崇める竜だからこそ、その敬虔で、献身的な愛を捧げるのだ

子竜たちは全員、人型になれるためその権利はあるが
彼らには、彼らの護り人がいる
竜を選ぶのか、人を選ぶのか
それは、大人になり繁殖期が来るまで分からない
世界が望むままに、竜の血が求めるままに
彼らはそれを行うだろうから

「紫の木に・・・いかない?」
はくじが、こくたんの後ろで、そう呟いた
「紫の木?」
後ろを振り返ったこくたんに、頷くはくじ
「今、バランスが一番崩れてるのは、紫だよね
 何か、起こってないか、見てみたい」
そう言うと、今まで黙っていたロートリアスが頷いた

「たしかにな、気になる」
そう言って、紫の木がある方向をみる
世界が渦を巻いているような、そんな気分にさせられるほど
不穏な気配が漂ってる

その気配は、日を経つたびに大きくなっては居なかっただろうか
しかし、隔絶された世界にいた、はくじ、こくたん、そしてブロージュは
この世界の違和感に気付くことは無かった
そこまで閉鎖的な空間にいなくては存在すら、危ぶまれる種族故に
隔絶されていたのだから

世界は、こんなにも狂っていた
そして、それはまだ止まることなく、狂い続けている

その原因はなんなのか

竜体にもどり、その背にのり
紫の木へと、羽を動かす

ぐらりと、度々揺れるのは、それほど世界が揺らいでる故だった
がしりと掴んだたてがみに伏せるような姿勢で
周りを見渡す
しかし、精霊たちは殆どいないのに
不穏な気配だけが、ただただ、渦巻いていた

『なんと言うことでしょう・・・』
ブロージュの声が全員の脳内に響く
『・・・』
無言だが、何かの言葉にならなかった欠片が
ロートリアスからも発せられ、それも、子竜たちに響いた

「え?」
るりに支えられながら、立ち上がったべにあかが目にしたのは
緑になった紫の木
それだけなら、よかった
薄汚れたような、白くけぶったのは、枯れかけているのか
そして・・・それは
彼女が育てたものではなかったのか・・・

『何?』
こくたんが聞く
しかし、べにあかは何も答えない
そして、ブロージュも、ロートリアスも、また沈黙したままだった

紫の木の周辺は白い粉
否、砂が舞い散っていた

「何これ・・・」
はくじが手を伸ばすと、しゃりっとした感覚
「砂・・・か」
こくたんが、呟く、それは、彼らにとって見られたもの
そして、それは、すなわち紫の木が枯れかけている事を示した

「この、お馬鹿さんたちっ」
頭上からそう、大音量で声が降ってきたかと思うと
紫の老年の竜が、息を切らせて走ってきた

そうして、目の前に来て
子竜たちを認めると
もう一度、この、お馬鹿さんたちっと怒鳴りつけた

「姫は、どこにいらっしゃるのです
 いらっしゃらないでしょう」
そう、矢継ぎ早にいうおじいさんに気圧されながら
るりが、冷静に答えた

「喧嘩した、そしたら、彼女は遠くなった
 そして、それから戻ってこない」
その話し方は、おじいさんの火に油を注いだようで
烈火の如く怒号を浴びせた

それには、流石のるりも、びっくりし耳を伏せた

「この様子を見て、そう言えるとは
 たいした根性です
 まったく」
そう、ぶつくさと、言いながら、いいですか
と、4人の目を見ながら、説明を始めた

それは、まるで、一昔も二昔も前の
先生に叱られる生徒の様子だった

「このところの竜の国の安定は、
 姫様の愛によって支えられていたものではなかったのですか?」
そう切り出したおじいさんに、全ての竜が、頷いた
それは、十分に承知している事実だった

「紫の木を短期間にここまで育て
 かつ、姫様がいる間、その木は紫の状態を保っておりました
 そのことについては、育て子である
 あなた方が一番知っている事実ではありませんか?」
一人一人に確認するように、目を見る
目が合う瞬間に、こくりと頷く子竜たちは、その愛を
そして、紫の木の異様なまでの成長度合いと速度を理解していた

彼女が居なくなってから、子ども部屋では居られなくなった
力の源である彼女が消え失せたことにより
逆に力を吸収される危険な空間となり果てた子ども部屋

それは、今まで、元紫の木がそれだけ力を吸収していたという事実だった

「紫の木の樹液は、姫様の中に収まり
 そして、世界との繋がりはより強化されました
 この地にいるだけで、紫の木は喜びそして、育ちました

 そして、拒絶することなく、姫様は紫の木の樹液を飲まれました」

「え・・・?許可とってないの?」
そう言ったのは、少し疲れた顔をしている紫竜のあやめだった
毎日、同じ話をされたのか
それとも、このバランスの悪い世界で、ぐらぐら揺れているのか
顔色の悪いあやめだったが、びっくりしたように紫のおじーさん竜に聞いた

「飲みますかと、聞いてはおりますよ」
なんて、言うのははぐらかしている証拠

「何の話?」
少し苛立ったようにこくたんが言うと、紫のおじーさん竜は
にまり、と笑った

「この樹液のことは、まだご存じ無いようで・・・」
そう言って、紫の木を見上げる
さらさらと砂を零している紫の木を痛ましげにみやるが
葉の1枚1枚が消失しているだけであって
木本体が無事なことに少しだけ安堵する

その視線を追うように皆木を見上げる

「世界を飲むようなものですよ」
そう、言った

「紫の木はね、土の力を吸い上げて、大気に力を放出するでしょ
 それを溜め込むのは樹液なんだよね
 人が、この地で暮らすことができるようにする為に
 この樹液を1口は含むんだけど
 普通は、僕らと一緒で美味しくないんだよね」

そう言って、すくないけど、どーぞと、手を広げた
あやめの手の中にどろりとした、いかにもまずそうな樹液があった
初めて飲むとき、彼女もまたその色や粘度に、引いたが
一口含むと、その液の虜となった

まだ樹液をなめたことのない者達が、指で掬い口に運んだ
「まずっ」
1言で切り捨てたのは、べにあか
「なんか、ない?」
そう聞いたのは、るり

それはまるで、苦くてまずい薬を口の中で広げてしまったような感覚
う゛ぇぇっと言いたいのを堪えて、何かをと願った
あやめは樹液をどこかに片付けると、はい、と8等分に切った果物を出した
あぐりっと一斉に噛みつく

それほどのまずさ
なのに、彼女は、喜々として口に含み
そして、飲み下した

「紫の木は、力の素にはなりますが
 この通りまずい物
 しかし、姫さまは、その力より強い力をお持ちの方
 それも、どの属性にも属さない純然たる力の持ち主ですから」
そう、うっとりと囁くおじいさん竜

「紫の木は、姫様に繋がりました
 そして、世界は、一時バランスを取り戻しました
 そう、こんなことがなければ
 姫様が、例えいなくなったとしても、繋がりは、一方方向ですから
 なんら問題がないはずでした・・・

 しかし・・・」

そう、口ごもるのは、己がしでかした過ちのせいか
否、過ちは何一つない
紫の木の樹液を飲んでも、彼が言うように一方通行のもの
むしろ、紫の木や、そして精霊たちが
彼女という力を欲した

「世界のバランスは見事に崩れてしまったわけですね
 私たち白と黒の里では、世界から隔絶するという手段で
 これ以上の放出を押さえてます

 紫の木は、何時の時代もむき出しのまま
 どうすることも出来ない、
 だからこそ、姫さまをほっしてる・・・ということですか?」
そう、ブロージュが問うと、おじいさんは、たじろいだ

それもそのはず、ブロージュから、目に見えそうなオーラが漂っている

「姫様は、機会があればこちらに留まってくださると
 仰いました
 それ故の行動ですぞ」

そう言うと、すっと目線を同時に逸らした
現在、この竜たちが争うと世界は耐える力はないだろう
それ故の回避

しかし、双方とも姫を手中に収めることを諦めることはない
そう語っていた

「なんで、ただの人なのに
 あんなに力があったのかな?」
そう、はくじが聞くと、全員が、首を傾げた

「確かにおかしいな
 こっちとしては、いい存在だったけど
 普通ではあり得ないほどの力の持ち主だよな
 巫女でも、いねぇんじゃねーの?」
そう、ロートリアスが言うと、そうでしょうね、とブロージュが答えた

「だからこその魅力とも言えますね
 しかし、本当の魅力はそれではありませんが・・・」
そう言って、静かにため息を吐く

「なんで帰ってこないのかなぁ」
あやめが、遠くを、否、子ども部屋の方向を見て呟く

「それを探しに来たんだよ
 じっとしてられないからさ
 それで、湖の国にも行ったけど、結局、何も出来ず仕舞いだった」
そう、説明して、あっと思い出したようにべにあかがその言葉を継いだ

「ただ、わかったことがある
 人は、竜のことを知らない
 オレ達と同じでさ」
そう言うと、紫のおじーさんが言った

「知ることが大事でしょうとも
 あやめから、事の発端は聞きました
 竜としては、間違いない行動
 しかし、人となれば、人となりの行動が必要
 それも、大事な姫様に対してとなれば」
そう言って、自分で言いながら、頷いている

「どれほど重要なのかは、存分に分かっていただけましたか?」
そう、おじーさんが聞くと、全員が間髪いれず頷いた
そうでもしないと、もう一度、説明をさせそうな気迫だったからだ

「では、中へ
 彼女の育てた木に会ってください」
そう言って、おじーさん竜は導くように、歩いていく
どこもかしこも、砂が覆い尽くされた紫の巣を歩くと
彼女との思いでより、悲しさが増していった

何故、こんなことになってる
その疑問しか生まれないほど、葉を枯らし砂となっているのだから

「こちらです」
案内された木をさわる
あれほど、元気で、温かく、笑い声を上げていた紫の木なのに
ぺたり、とくっついても、聞こえるのは弱々しい鼓動だった

「頑張って」
そう、誰かが彼女がやっていたように囁き、話し掛けるが
鼓動すら変わらなかった

ふるりふるりと震えている幹は枝葉を揺らし
それに合わせるように砂が降ってくる

周りの木々もそれに同調するように震え
まるで木が泣いている様だった

「まだ、精霊がいるね」
はくじがそう言うのもむりはない
あの空間の中では、精霊はおろか、砂すらない無の空間
そう、あの空間は、世界の外であり内である空間なのだから
ちかちかと光ながら、木のまわりを飛び回り
部屋の中を飛ぶ
そんなことを繰り返す精霊たちの様子は
何かを探してるようだった

「ずっとあんな感じ
 この部屋と、1回目に植えた木のまわりでこんな風に動いてる
 たぶん・・・探してるんだと思う」
そう、あやめがいうと、誰ともなくため息が漏れた

探したいのは、精霊だけじゃない
自分たちもだ
しかし、力そのものの精霊が探すほど、
やはり、彼女はこの世界に必要とされているということだった

狂い過ぎた世界で、思うのは、彼女の存在と暖かさ

「これほどにまで、世界は変容しているのです
 このまま、また世界が縮小するか
 それとも、彼女を取り戻すか
 それだけが、我ら竜の分かれ道です」

そう紫のおじーさん竜が言うが
それは、自らから発される言葉でも有った

人のことをしりなさい、その進めに従い

年若き国、森の国へ
兄弟竜だけが使える繋がりで話し
子竜たちは集まることにした

何かをせずにはいられない
だけど、これでいいのかは分からない
子竜たちの中に不安が渦巻くが
その不安のうねりは、世界の不安そのものであることを
誰も彼もが理解していただろう