主人公不在の竜の国13




「しっかし、すごいねぇ」
ルアンが、久々に子竜たちに戦い方を教えていた

「うん、すごい」
はくじが、うっとりと頭上を見上げる
そこには、うっそうとしげる紫の木々
紫の巣から離れられないあやめの為、紫の巣の下の地面にいた

「僕らには、物語も聞こえるんだよ」
にこにこと、たんぽぽが言う
「物語かぃ?」
「護り人の日常とか、あと、昔話してくれたみたいな
 作った話かな」
るりが、説明を加えながら、ルアンに足払いを仕掛けるが
ひょいっとよけられ、逆に、手を引かれバランスを崩した

「攻撃した後が甘いですよ
 竜体でも、甘すぎるから、すぐに攻撃を食らうんですよ」
柔らかい声なのに、ぴしりと鞭打つような声が
ブロージュから発せられる

「一手で、決まるなんてあり得ないから
 その後、どう距離をとり、次の攻撃を仕掛けるかだな」
そういって、続けざまに、攻撃を仕掛けるヴェルデに
ときわ、べにあかが、続けざまにやられて
悔しそうに声を上げた

「ほらほら、かかっておいで」
そう言って促すのは、はくじに対して
相変わらず、肉弾戦は得意ではないようで
それは、体付きからもみてとれた

人の里にいった時に、こくたんは、はくじを護ることにやっきになった
その甲斐もあって、こくたんは、肉弾戦の必要性を認識し
努力を続けた
体付きもがっしりとして、そっくりな双子ではなくなってしまった
しかし、はくじとこくたんのつながりは強く
こくたんの攻撃の合間の、ルアンが作り出す隙を狙って
うまく攻撃をしていた
その積極性のなさに、ルアンは、もっとと促した

久々に集まった子竜たちの力は、ぐんと強くなっていた
それは、彼女が世界に力を送り
その力の否、愛情の先は、いつだって子竜たちだからだ
物語や言葉とともに、送られる力は
各属性に住まう子竜たちに吸収され、徐々に各属性が特化していった

だから、こうやって、他の属性の場所や
みんなにあうことが、属性のバランスを整え
耐属をあげるのに役立っていた

「もう少ししたら、会えなくなるんだよなぁ
 なんか、不思議だよな」
休憩ということで、各自腰を下ろして、
ブロージュが用意した果物にかぶりつくべにあかが言う
「私らからすれば、兄弟ってのがないから
 そっちの方が不思議だけどねぇ」
ルアンがそう返すと、それもそうだな、とときわが頷く

大量の卵があったとしても、同属性で固められ
同じ時期に孵る卵は少ない
動けるようになってから、他の竜に会うのは戦いを挑みに行く
そんな竜の生態なのだから
今は、子供故に、そこまで闘争心はない
繁殖時期でもない
だが、その時期を迎えれば、たとえ兄弟竜であろうと
戦いを始める
それは、本能によるもの、理性の戦いではない故に
その目覚めがない、子竜たちには
普通に会えばいい、と思っても
そうはならない、と答えられた故の言葉だった

「一度会ってみるのもいいかもね
 喧嘩したらしたでいいじゃん」
あっけらかんと、たんぽぽがいうと
「怪我する程度で済むだろうし
 それはいいな
 どんな風になってるかもみたいしな」
そうときわが言う

「ま、ほどほどにしとけよ、
 それか、竜体じゃなく人型でいくとましだぞ」
「たしからな、暴走率もかわってくるぜ」
人型になれば、戦う手段が竜体よりは限られる
精霊たちを使う量も変わってくる
それ故のヴェルデとロートリアスのアドバイスだ

「それ、いいな」
るりが笑い、それを筆頭に全員が笑う

「ん?」
ぴくりと反応したのはこくたん
そして、ブロージュ

「どうしたの?」
はくじが、小首をかしげて聞いたとたん
世界が突然揺らいだ
世界にある紫の木が、ぐんっと空に向かって枝はを広げたかと思うと
年を経た木は、枯れずに種を放出した

「これは・・・
 全員、各地に戻りなさい
 早く」
ブロージュは、こくたん、はくじの襟首をつかみ背に乗せる
竜体になれる二人を乗せるほど
急を要していた

その間にも風がごうっと渦巻き、ぐるぐる回る世界に
精霊たちの歓喜の声が世界に響く

「私たちもいくよ」
同属性の大人竜がいる場合はその竜が攫うように子竜をつかんでは
羽ばたいていく

あやめは、頭上から飛び降りてきた竜に攫われ
残るは、るりのみ
「何だろうな・・・ま、帰るか」
ぱさりと竜体に戻り羽を広げた瞬間
体に異変が起こった

「ぐっ・・・」
中からこみ上げるような圧迫感と
まわりからも押しつぶされるような圧迫感
拮抗する力がるりをその場に押しつける

「出て行け」
その声が響いたかと思うと、紫の竜があぐりとるりを銜え
ぶんっと投げる
それは、湖の方向
魔法の力によってはじかれるようにるりはなすがまま飛ばされた

ばしゃんっと水しぶきを上げてるりが湖に落ちる
そのしぶきは、水柱になって降り注ぐ

水の中に入ったせいか、その圧迫感は消え去り
るりは、好きでいたわけじゃないと、一人ごちた
とりあえず帰ろうと、水底に向かって泳ぐるりは
その早さに驚いた

「なんだ・・・?水流?」
そう、るりが感じるのも仕方がなかった

青竜が水属性だといえども、るりでは、水面から水底の里に行くまでに
時間がかかる
それが、今は、もう眼下に里の青い光が漏れている

止まってそれを眺めていたるりの前に大きな影が横切り
するりと体をすりあわせてきた

ぞくりと、駆け上がる快感に、るりは思わず声を漏らした
「かわいいわね」
獲物を狙うような声で、るりにささやき
背筋を撫でるように首を絡ませる

「俺は、大人竜じゃない」
首を振って逃れるるりに、その竜は笑い声を上げた
「自分の状態をごらんなさい」
そう言って、尾を絡ませる

「うっ・・・」
ぞくりとする感覚に、体の中が熱くなる
しかし、その前に自分の状態を確認したかった
体をねじりその肢体をみて、るりははっとした

「大人になった・・・」
それも、ただ大人になったのではなかった
紫の木の下でうずくまるほどの圧力
それは、紫の長がだした、るりに対する排他的な圧力だと思っていた

その圧力の正体は
全体繁殖期にのみ起こる属性竜への変態だった

紫の竜は、属性竜となったるりを見かねて
言葉は悪いが、湖に送りつけた
そのままいたら、るりは属性竜としての力が変質してしまったかもしれない
それを救うために、危険を冒してまで
るりに近づいて、湖に返してくれたのだ

「そう、おまえは大人だ」
笑い声の中、響くその声にるりは周りを見渡す
いつの間にかに、るりより少し年上の竜たちに囲まれていた

「おまえと戦いたいって思ってたんだよ」
牙を見せつけるように口を開けて、そう言い放つ竜
体をすりつける竜
雄と雌、最終的にはどちらとも戦い
そして、雄であろうと、雌であろうと
未分化のるりは、格好の相手だった

「俺もだよ」
るりは、そう応じる
どんどん強くなるるりは、青竜の中でも有力株だった
捨てられるほど弱い竜だった故に
貪欲に強さと力を求めた
それ以上に、人とともに育った子竜たちは、耐久属性も強く
賢かった
闇雲に戦うのではない、他の竜から学び
そして、言葉で、そして体で学んでいった故に
その成長速度は、恐ろしく早かった

特に、るりは、冷静故のするどい視点で、その力を手に入れ
昇華していた

だからこそ、るりは同世代の竜の注目を集めたのだ

他の子竜たちも、また、各地でその状態になっていた
紫の竜たちは繁殖の為外へと向かったが
あやめもまた、同世代の竜にかこまれ、戦いを
交尾を迫られた

紫の竜故の魅力と、あやめ本来の魅力
紫の竜の美しい肢体が、空を駆ける

すべての竜が、属性竜と変わり
そして、繁殖活動を始める
至る所で世界が揺れ、崩れ
そして光が溢れた

精霊たちもまた活性化し、生まれおちる
世界が産声を上げるように

「俺の勝ちだ」
相手の首に噛みつき、ねじ伏せたのはべにあかだった
「ああ、おまえの勝ちだ」
べにあかがねじ伏せた相手は、誰か
それは、あの彼女に抱かれたことのあるあのちび竜だった
ロートリアスより強いといわれた竜なのに
なぜべにあかが勝てるのか
それは、べにあかの気力とそして、耐属性のおかげだった

「もう、ちょっかい出すな
 絶対にだ」
そう言って首を話し、次の相手に向かう

振り向きもしない、ちび竜は、悔しそうに二度三度首をふり
その血を払い、また別の相手に向かった
次は交尾の相手を探すために・・・

一方、たんぽぽは交尾中だった
全体繁殖故に、誰かとは交尾するようになるが
たんぽぽは、戦いの末
一人の雌竜と交尾していた

首を絡ませ、尾を絡ませ
相手の体液と自分の体液を絡ませ
繁殖行動を取った

しかし、首をかしげていた
なんか・・・ちがう
戦い、お互いを認め合い、繁殖行動を起こした
たんぽぽだったが
繁殖行動後に、行儀良く座りたくなるほど
違和感を感じた

相手が悪いのではない
むしろ、相手は今のたんぽぽにとって
上等の部類に入るだろう
自分より上位であったが、戦いそして、対話する内に
お互いの中に、好意が芽生えてきたのを感じた
それ故の交尾だったはずなのに
今は、その感触が思い出せない
本当に、尾を絡ませたいのは誰だろう
すり寄りたいのは、共にありたいのはだれなんだろう

たんぽぽが、足を折って座るそばで
交尾相手の雌竜もまた座していた

「あんたはいい雄になるだろうね」
ごすりと、角をすりあわす
黄竜は土属性故に大地を駆ける姿になる
馬のように長い足に、長い尾
そして、人型になった耳のよに真横に角が伸びている

「ありがとう」
ごすりと、たんぽぽも角をすり合わせた
「竜の婚姻は、まだ早い上
 その気もないのが残念だよ」
ゆらりとうごく尾が、たんぽぽをぴしりと打つ

竜の婚姻を結ぶ気がないのはお互い様だが
たんぽぽは、それ以外にも要因があると気づいている
「なんだろう、よく分からない」

ふうっとため息を付くと
「今、会いたいのは誰?」
そう聞かれた
「会いたい人?」
呟いた途端浮かぶのは護り人以外なかった

「いなくなった護り人に会いたい」
「ああ、かの人ね」
そう、すべての竜が理解するほど彼女は有名になっていた
全体繁殖ができるのは、すべて彼女のおかげである故に
そして、たんぽぽを今も育てている人故に・・・

「うん、帰ってこないのかなぁ」
「それだけ?」
じっと、たんぽぽの目の奥をのぞき込む
ぞくりとする感覚に、頭がぼぉっとする
目の前の雌竜の顔が、どんどんぼやけて
目の前に浮かぶのは、彼女の笑顔だった

首を絡められたんぽぽは嘆息する
「次の相手になるといいね」
そう言って、たんぽぽに絡む雌竜
「うん」
答えながら、確信していた

もし、帰ってきたら
僕らは、みんな護り人を取り合うだろうと