主人公不在の竜の国9




「それでは、はじめましょうか」
竜体で羽を動かすことなく空中にとどまる4色の竜の
ひときわ大きく、日に輝く白い竜、ブロージュが、そう宣言すると
うぉぉぉぅと竜の声が4人から発せられた

その声に答えるように四方八方からいろとりどりの、
いや、各色の精霊たちが、光の波となって押し寄せてきた
空と湖の間で、渦を巻く精霊たちの波が
オーロラのように揺らぎ、うごめき
竜たちの周りを飛び交っていた

4人の竜は羽を広げその羽と羽がふれあいそうなぐらい
近づきあった

瞳孔がきゅっと縦に絞られる
そして、見つめるのは互いではなく
なにもない空間
その肉体と羽で作った輪の中心の虚空を見つめる
精霊たちは、帯状になって、その輪を巡る

どんどんとあふれる光
それは、この地に注ぐ光よりなお強い光と化していた

そして、ぽつんっと黒い闇が生まれた
そして、ぎゅるりと世界が音を立ててねじれるように
その光は闇に呑まれた

緑の竜、ヴェルデの尾が、水面をたたくようにうねる
すると、湖の水が盛り上がり
その黒い闇に突撃するような勢いで噴きあがった

その次に風、緑の精霊たちが、輪を駆けめぐる
ごうごうと音を立てて風が生まれた

ヴェルデは、精霊たちのその様子に
軽く笑みを送った、それは、感謝であり
彼らへの愛の仕草だった
精霊たちは竜が好きだ
その竜が強ければ強いほど
精霊たちは竜を育てる、
契約という名において、その生涯をともにあり
力を貸し、ともに楽しむ
そして、互いの竜の強さ、美しさを競い合う
純粋な力故の、強さ、美しさへの欲求欲望は、果てがなかった

それは、また竜も同じこと

4人の竜の中で、一番弱いのはヴェルデ
ロートリアスは純属性
ただ一つの属性故に、その属性の力は濃縮されている
しかし、ヴェルデはそうではない
水と風の属性をほとんど等しく持ちその精霊たちに愛されている

その様子を見たルアンは片眉を上げて
やるもんだねぇなんて、楽しんでいた
ルアンは本気を出す必要はない
片手間で足りるよなものだが、今回はそうする気はなかった

水盆を作るのは誰のため
それは、間違いなく自分のためだった
子竜たちのためではない
もう一度、逢いたい
その気持ちが、ルアンを駆り立てていた
しかし、その気持ちが自分だけではないと、確信したのは
ヴェルデの力の入りようだった

2つの属性を同じだけ、コントロールしながら
かつ、最大の力でヴェルデはやってのけた
それは、誰のためか・・・
何のためか

答えは一つだけ、逢いたいということ
だから、ルアンもその属性と等しい力と想いを込める
ちらりと視線を動かすと精霊の輪に白い帯状の筋が増えた
それは、紫の木の葉が枯れてできている砂
彼女の育てたあの木の砂である

土と木属性を一気にルアンは整えた
水と土と木が風によって混ざり合い黒い闇のるつぼの中で
こねられるように幾度も形を変えていた

そこに、巨大な火の玉が飛び込んでいく
両手を広げ、それを見つめるロートリアスだ
混じり合った3つの属性
そう、粘土となったものを焼き上げるための熱
荒々しいしかし、直情的な熱は
粘土化した3つの属性を包み込んだ
しかし、風は舞い
形を絶えず変え、火をまとい続けていた

その様子を満足そうに見ていたのはブロージュだった
あまりにも力のバランスの悪い4人なのに
ブロージュの光属性が入る前までは見事なまでに協和していた

では、最後の仕上げですね

そう、心の中でつぶやいたブロージュは
すっと手を伸ばした
本来は、動く必要はない、しかしブロージュはあえて動いた
それは、3人に力を使うことを誇示していた

その様子をみて、3人、否2人は身構えた
ルアンだけは、いつでもどうぞ、なんていいそうな雰囲気が
漂っている
ブロージュにはかなわずとも、ルアンもまた強き竜
それ故に、他属性からの波動に対して耐久性も慣れもあった

くるくると回る光の精霊たちが、ぴたりと動きを止めた
石が光りを自らに通し反射するように
1人1人の精霊たちから光りがつながり
それは、複雑な編み目となり
どんどん小さくなって行く

羽をぶるぶると振るわせ
その力に耐える、ヴェルデとロートリアス
今手を、力を暴走させると
水盆はおろか、自分の身すら危ういほどの力量が目の前にある
その加重が、力の波動となって
全員に等しく押し寄せてきているため震えているのであった
ルアンもまた、柔らかなたてがみを靡かせその力を受けているが
山の木々を揺らす風のごとくルアン自身の揺らぎはなかった

闇は光と解け合い
そして、世界から音が消えた

4人の目の前に浮かぶのは水盆
これは、水盆と呼ぶには深く大きすぎる代物、
壺と言った方が正しいのではないだろうか


急激な力の喪失により宙に浮いていることができなくなった
ヴェルデとロートリアスが、落下する
ヴェルデによって支えられていた空間もなくなり
羽ばたきを始めた頃には、世界に音が戻ってきた

「よくやった、とほめてあげるべきでしょうね」
そう、ブロージュがつぶやくと
そうだねぇなんて、同意して落ちていく赤と緑の固まりを
眺めていた

「しっかし大きなもんができちまったねぇ」
水盆に近づいてこんこんと爪でたたく
水をたっぷりたたえた水盆は
盆と呼ぶには、ふさわしくないほど深く巨大だった

「想いが深すぎましたか?」
なんて、冗談交じりに笑っているのは、ブロージュもまた
ここまで大きいのができるとは想像していなかったからだろう

「それだと、深さがちょーっとばかりたりないねぇ
 あたしの姫への想いには浅いねぇ」
なんて、いいながら足に水盆を抱えた

「すぐに行きますか?
 大丈夫ですか?」
そう聞いたのは、ブロージュもまた多少の疲労感を覚えている故の言葉だった
「誰に聞いてるんだぃ?
 あんたが行かないっていっても私は行くよ」
そう言うが早いかルアンはばさりと翼を羽ばたかせる

「誰も、行かないとは行ってないんですけどね・・・」
ブロージュは、その様子をみてくすりと笑った
自分だけではない、それがいらだちではなくなぜか安心と安らぎで
顔がゆるんだ

竜は一つのものを共有することがほとんどない
なのに、今、ルアンが、そして必死でまっすぐな想いを向ける
自分より弱い存在のヴェルデとロートリアスの存在があることが嬉しかった

それは、ルアンも同じだった
意識を失って落ちていき精霊たちや近くにいた青竜に助けられ
近くの陸地に寝かされたヴェルデとロートリアスも
また同じだろう

「白き竜さま、黄色き竜さま」
そう言って、額づいた巫女たちは一斉に感謝を述べた

ルアンが抱えるもの、それは形は違えども竜がこの神殿に持ってくる
唯一の贈り物
水盆以外にあり得なかった

大きさは、今ある水盆より幅広くそして深い
それは、竜の力がどれほど込められているかを表すものでもある
扱えるものはわずかだろう
しかし、今、この力ある水盆は、神殿の巫女たちが欲しているものだった

「見てもらえるかぃ」
そう、ルアンがいうと、額ずいた巫女の1人が立ち上がり
深くうなずき、もちろんです、竜の瞳を見てと答えた

竜の瞳はみてはいけない
見るのは、婚姻を結ぶ竜のみ
その巫女は、自らその禁忌を犯した
それは、すがる想いだった
強き竜、綺麗で、大きな竜
人に対して、珍しく関心を寄せる竜
そう、巫女からの婚姻を結んで欲しいという想いの視線でもあった

しかし、彼女が見つめたのはルアン
竜の婚姻を結び、雌竜のルアンには、その願いは叶えられないし
かなえる気もない
人と婚姻を結ぶなら、姫がいいな、と雌竜ながらルアンは頭の端で思った

こちらに、そう言い振り返り神殿へ進む彼女をきっかけに
すべての巫女が、一糸乱れぬ動作で、立ち上がり
そして、竜が通れる幅に二つに割れた

その時には、もうルアンも、ブロージュも人型に戻り
ルアンは、軽々とその水盆を持ち中へと進む
それを羨望のまなざしでみるもの
目を、否体中を伏せて感謝を示すもの
それは人それそれであったが、中には嗚咽を漏らし
泣き崩れるものもあった

それほどにまで、渇望されるもの故の涙であり
これほど早く水盆贈る、竜の愛情深さ故だった
神は今なお神であったと彼女たちの心に刻まれた

神殿の中に二人が入った瞬間
「竜は約束を違えない、それは今なお真実」
壇上から声が厳かに響き渡った声に
二人は、おや、と目線を向けた
子竜たちと来た時には、祈りを捧げていた女王の登場であった

「それをこちらに」
そう言って示したのは竜の像の前
それは王の器の置き場所である
王である彼女の器も割れた

女王は王としてのつとめを果たす為でもあり
神である竜の願いを叶える為でもある
湖の王は血のつながり、血族相続制ではない
力の強い、そして、もっとも竜とつながりが深いものがなる
力のない王は、王ではない
それは、この国、竜の国の唯一のおきてかもしれない

竜とつながりが深いということは、
この地とのつながりが深いということも表し
先代の王は、竜の王の巫女
どれほどまで強い巫女であり、王だったかわかる

今の王は、それには及ばない
しかし、この巫女の中では、とびきり優秀で竜とも懇意である
彼女も焦っていた
それは、王である自分自身の弱さと
この危機に対して、どうしようもないという事実に・・・
しかし、神である竜はそれをみすてはしなかった

「先代の王の代償で来た少女を見せてくれるかぃ?」
ルアンは、水盆を指示された位置に静かにおろすと
そう王に聞いた
「王よ、これを」
そう言って年かさを増した巫女が小さな器にたたえた水を持ってくる

「これは?」
いぶかしげな視線を向ける王に老巫女は静かに
「先代の王の水盆の水です
 これで、つながりやすくなりましょうぞ
 我らは、すべての王の水盆の水を少量ずつですが管理しております
 このような有事の為に」
「そう・・・なのですか・・・」
口ごもったのは、彼女の知らない事実故
それは、彼女の怒りに火を点けた

人として、王として、未熟故の怒りではない
また、と猜疑心と嫉妬心による怒りの火だった

彼女にとって先代の王の死は唐突であった
代償として王としていられなくなることを前王は
老巫女に告げたが、ほかのものたちに告げず
次王を選ばせた、それは王になる最初の試練である故に

「代償が必要な大きぼな召還を行います
 直ちに次王の選定を
 そして、今ある卵の護り手の数を増やしなさい
 あとは頼みますね」
そう言って、前王は老巫女に柔らかいが確固たる口調で告げた

「そうですか、早いお別れでした
 我ら老巫女の義務をはたしましょうぞ
 そして、いつの日にかまたまみえましょう」
老巫女は、現役を退いた巫女と思われ
若い巫女の中には、老巫女を小間使い扱いするものもいた
そのものは、すぐに神殿から去ることになるが
直接の原因を知ることはないだろう

若い巫女の選定から、王の選定までを行って
神殿の秩序と歴史を護っている存在であることを

王ですら知らない知識を持っていることを
竜の為の巫女ではない
老巫女たち、巫女の為の巫女
湖の国が栄える為に、そして安寧であることを望む巫女故に

そうして、巫女たちから王候補を選定し
誰かに言われたようなふりをして
王候補を連れてきた
その中の一人が現王
幾人かの若い巫女たちは不安そうに身を寄せ合っていた
竜の元から一時帰国した巫女もあった
王候補に選ばれたことに、彼女は闘争心を燃やした
そうして、王の為の試練をかいくぐって3人の絞られた時だった

「老巫女さま、わたくしは竜の元でありたいとおもいます」
ふわりと、スカートが広がらせ座した一人の巫女は
座したまま頭の被いを取った
神殿にいる巫女は頭を布で被っている
それは巫女としての証
力と位があがればあがるほど、その丈は長く
そして繊細で美しい飾りと布になる
色は湖の主である青竜にあわせ、濃いめの青と白で統一されている

ワンピース姿になり、つややかな髪がさらりと揺れる

「竜と共に」
懇願するように語る彼女の目に強い意志が宿っていた
「私とともに」
後ろから低くそして、響きの違う声が届いた
「白竜さま」
その場にいた巫女はその場に額づく
「私はこの者と竜の婚姻を結ぶ
 王になれる力はあるだろうが、我の元にあれ」
命令ではないが強制力を持つ言葉で
老巫女をはじめ、すべての巫女は動くことすらできなかった

「はいっ」
花が咲き乱れそうなほど、明るくうれしそうな声で
その巫女は、立ち上がり竜の元を駆けていった
その巫女をかき抱き、抱き上げた
その首に縋り付きそのたくましさと愛情を一身に受け止める少女は
誰よりも何よりもうれしそうだった
竜もまた、王試練の為離されていた時を取り戻すように
その感覚を呼び起こすように彼女を抱き、端正な顔を緩ましていた

「行こう」
そう言って竜は飛び立つ
その竜は今の王であった
もともと白竜の長であった竜は、現王や他の長竜と戦い
王となることが確約された
そうして、長でもなく王でもない
竜個人として、最後の我が儘であった
王となれば、前王のように代償として生を変質させることもある
何より、個として生きることはなくなる
王は王でしかない
その生があるかぎり

その最後の我が儘に竜は、巫女を否
つがいを求めた
彼女は確実に竜より早くに逝く
しかし、それでいいのだ、
竜個人として残された時間もまたわずかであるから
そのひとときを愛し合い、人生を謳歌したかったのだから

そうして辞した彼女をみて
現王はまた嫉妬に歪む
現王には、そうした人も竜もなかった故に
女として、なぜか負けた気分になり
王になって見返してやると、彼女はおもった

そうして彼女の歪みは始まった

今回の水の件もきっと彼女は知っていたに違いない
王に仕え、竜とともにあった彼女なら・・・
そう思う故の暗い影がつきまとって離れることはなかった

しかし、それは彼女の妄想
歴代の王もしらない、年かさの老巫女だけが知る事
王は王の役目を、巫女は巫女の役目を
そして、長くいた巫女は、竜から離れ巫女の為の巫女となる故の事実だ

闘争心と猜疑心が芽生えた王に
ルアンやブロージュは気付いた
しかし、二人は、関心を寄せない
今、彼らの関心は水面に、そして、そこに映し出されるだろう
彼女だけにあった

「いれてください」
そう、怒りをそして、失望を胸に王は静かに言う
老巫女は、器に入った水をそっと移す
「では、始めましょう
 召還されしものの今を」
そう、彼女が竜たちにささやき、それは肯きによって返された
水盆にたたえられた水ををなでるように
そして、それはいつしか踊りのようになった

遠く響く歌声
それは、王の巫女たちが、謳う歌
水面が曇り
そして、盛り上がるとそこに映し出される姿に
ブロージュは息をのんだ

「・・・なんて事を・・・」
そこに映し出されたのは、憔悴し
苦しげに眉を寄せて寝ている彼女だった

「泣かないとは思ってないけど
 これは、つらいねぇ」
あの子たちが見なくてよかったのかもね・・・
そう消えそうな声で呟いたルアンに
そっと肯いた

竜が竜であることは当たり前だが
大事な人を傷つけて平気ではいられない
事実ブロージュもルアンも
やり場のない怒りと動揺が衝動となって体を変化されそうになる

子竜たちが悪いのではない
姫が悪いのではない
やり場のない熱量は、目の前の水盆の中の水が震えた

「あっ」
ぱしゃんっと音がして盛り上がった水は落ちる瞬間
王が声を上げた

「ああ、よいのです
 ありがとうございます」
ブロージュは、失敗したと顔に書いてある王に
さっと呟くと、彼女をねぎらった

そして、感謝を述べ
二人は空へと舞い上がった

「姫・・・私のかわいい子が」
ルアンがそう泣き出しそうな声で力量をほとばせる
それは、ルアンの動揺だった
ブロージュもまた少し離れた別の場所で同じような呟きをし、
力量をほとばせた

「あの子は、このなれない竜ばかりの世界で良くやったよ
 なんであの子ばかり苦労しなきゃならないんだぃ?
 あっちの世界には、あの子を慰めてくれる人はいないのかぃ
 ああ、姫、姫
 私のかわいい子」
ルアンの叫びは、大地を揺るがす
精霊たちは慰めるように周りをちかちかと飛び回っているが
ルアンは、それを感じる事はなかった
憔悴して泣いて苦しそうな彼女だけが
今のルアンの瞳には映っていた

「ルアン、気持ちは分かりますが、落ち着いてください
 貴方の動揺で、世界が揺らいでます」
そういうブロージュは今は巨大な光だった
その姿をみて、ルアンは笑った
その笑いにより世界の揺らぎは止まりルアンの瞳には
ブロージュが放つ光が飛び込んでくるばかりだった

「そういうあんたもだねぇ」
「おや・・・本当ですね」
自らの状態に気付いたブロージュは
くすりと、笑いそれをきっかけに光は急速に失われて言った

後に、二つの太陽と大地の叫びとして記憶されるほど
二人の力量は、今の世界では強すぎるものだった

「あの子の王に逢いに行ってみるかねぇ」
ルアンがそうブロージュに持ちかけると
ブロージュは、肯いた
「姫の『水の王』にもですね」
代償で元の姿や力を失っても王は王として健在している

二つの巨大な竜は羽ばたく
救いとそして、若い竜のようにやり場のない熱量により
駆け回りたくなる気持ちを共に

子供部屋にはいると、来たかと
静かな王の声が響いた

「はい、参りました」
ブロージュが、珍しく砂地に座りながらそう答えた
今から、長い話が始まることを示している
しかし、それだけではなかった
ルアンにはわからない、ブロージュがここに座った理由を
ブロージュは、彼女とともに座りたかった
しかし、ブロージュは強すぎた
それ故に、この場所にすら気軽に入れなかった

「あれの気配はない
 しかし、お前たちのおかげで風穴は開いたな」
水盆は、つながった扉のわずかな隙間のような役割を果たしたようだ
ここに、湖の王
そう、先代がいれば、また話は違っただろう
彼女はとても力のある巫女だった
そして、彼女を見つけ、喚んだ故のつながりある故に・・・

しかし、王はもういない
亡き者に頼るほど竜は感傷的な生き物ではない
事実を聞きに、そして今できることを聞きに来たのだ

「このまま繋がりを保つ
 今の我らにできることはそれだけだ」
見つけた光の灯火を見失えば、また見つけることが困難になる
これ以上のことはできない
やはり、何も出来ないのか
そう、二人がため息をつきそうになった時
聞こえた声は水の王の声

「こっちに来る気はないのか」
笑い声を含む水の王に、二人は顔を見合わせて苦笑した
それほどにまで動揺している自分たちに笑えたのだ

「行って来い」
代償の王に見送られ、水に体を沈める
竜の花のにおいは濃厚に漂っている
水底にみると、ぽぅっと光る花が
薄く7色の色に色づいている
それは、竜の花の完全な姿、それをみて二人は知らずに笑みがこぼれた

竜の花が咲いているのは、彼女が纏うにおいで知っていた
けれど、ここまでとは知らなかった

「竜に逢うのは久しぶりだな」
そう水の王は、笑いを含んだ声でそういう
会いに来るのは、そう彼女1人だった
それを把握した瞬間、水の王も愉快になった

「子竜たちとは会ってないのかぃ?」
そう、ルアンが聞くと、こないなと答えた
「あれの時は、早い
 早くこちらに戻らねば人としての生を生きるだろう」
そういう水の王にブロージュが首を傾げる

「私たちと同じ時ではなかったのですか?」
そう、だからこそ、彼女を望み
子竜たちの守り人になれたというのに
時が早いというのはどういうことか

「ここにいる間はそうだったな
 お前たちが王の水盆を作り道を開いた故に見られるものが多くなった」
そう言った水の王にルアンが色めき立った
「じゃぁ、人のところに行かずとも姫の様子がみられるのかぃ?」
その声には喜色が浮かんでいた
姫のことは好きだが、やはり、ルアンは人に対して色好い感情をもっていない
弱く、そして、狡く、あんな感情を出す生き物のそばにいたくなかった

そう、ルアンもブロージュも
湖の王が纏う黒い感情に気付いていた
しかし、彼らはそれを気付かないふりをしていた
その理由は“どうでもいい”からだ
二人が求めるのは彼女のことで、現王が何を感じて思おうが
竜に、否、自分に対して害がなければ動く必要はない

「見せてやりたい、とは思うな」
その一言で、水の王は、見られない、すまんなという風な声で答えた

「そうだったねぇ、無茶いっちまったねぇ」
そういうルアンは、苦笑を浮かべた
それは、そういうこともわからない自分に対する苦笑
そして、いとおしいものを前に論理的に物事が考えられないこの感情にだ

「つながったことにより、少し時の流れは穏やかになったな
 戻り、泣き、そして助けられ、あれのいう日常に戻ってる
 が、時折泣くな
 あれは、よく泣く」
そう言うのは、時折相談に来ては、泣いて
笑ってとめまぐるしい彼女をよく知っていている故に
だから、その声は、言っている言葉より甘く優しかった

「一度は戻りたい、せめて謝りたいと言っておる
 こちらの声はまだ届かない
 ブロージュ、ルアン
 お前たちのできることは、一刻も早く水盆を作ることだ
 全竜に告げろ
 お前たちでできることなどしれておる
 王に会え」
そう言い放つ気配にただ目を伏せる二人だった
それは、あなたの意のままにという仕草だった
竜は眠るとき以外、外側の瞼を閉じない
竜は基本的に瞬きをしない、するときがあるならば
瞬膜と呼ばれる薄い膜が行う
それは、光を通し風景を遮ることはない
そして、それがある故に竜の目は弱点となるほど柔らかくない

覚えているだろうか
竜が目を閉じた時を
彼女に紫の王が目を閉じた時
そして、ブロージュが現白竜の長に閉じたとき
竜は戦いの生き物、それが目を閉じる時
それは、命を預けたと意味する
それほどまでに信頼するという仕草であった

「行け、また変われば教えようぞ
 それまではなすべきことを成せ」

そう言った水の王に、短く返事を返し
代償となった王たちに挨拶を述べ
別々の空へと散った

「時がくる前に我らも成すべきことを成すか」
そうつぶやく水の王に
応、と代償の竜の王が答える

彼女が帰ってくる時のために
それを望む自分たちのために・・・