主人公不在の竜の国 4



「来たか」
そう言って、出迎えたのは黒竜のこくたん
ロートリアスの背中で、べにあかが頷くと
こくたんは、尾を翻し里へと向かう

体を竜体から人間体へ
三人が、とすりと砂漠に降り立つ頃には、里への結界は開かれていた

かつて、変態期に護り人と来たときには無かったもの
それが結界だった

空間を保持する黒竜たちが、その里の力を放出させんが為に空間を囲っている

濃厚な闇の気配、そして、光の気配が混在する中に足を踏み入れた途端
天も地もないような世界に迷い込んだ

「ごめんね、他の竜には過ごしにくくて」
手を差し出しながら、謝ったのは、白竜のはくじ
少し伸びた髪が、風もない空間で揺れている

「ここは・・・何だ?」
るりがその手を取って、繋がると、通常の砂漠に戻った
流石の違和感に、るりですら動揺を隠せない

「世界が渦巻いてるんだ
 だから、こうするしかなかった
 世界からここは切り離されてる」

そう言って、こくたんがロートリアスの手を取る

「うぉ・・・」
小さく口の中で、いきなり空間が変わった事に驚いているが
その声は、意外と大きく響いた

「やはり、火属性以外は弱い
 みんなで育ったから、僕らは全属性耐久が強い方だけど
 ロートリアスの様に、純属性の中で育つと他属性には揺らいじゃうね」
そう言って、自分に言い聞かすように言うと、ロートリアスは気色ばんだ

「お前らが異常なだけだ
 俺は、普通だ、純属性で何がわりぃんだ」
そう言うと、こくたんは首を振って
「悪い、良いの話はしてない
 ただ、やはりそうなんだって分析した」

そう言って、ぐいっと手を引いて、はくじ、
そしてるり、べにあかが向かって行った場所へ進んだ

ロートリアスが、その空間の中で迷子ともいえる状態になっている間
3人は、先に進んでいた
むしろ、ロートリアスの存在自体が、3人には認められて無かった
それほど、この閉じた結界の中の空間は異質だった
この空間は、そう、竜の世界の外側と等しいもの
それ故、竜にとって、なじみがなく
むしろ忌避すべき場所
その空間で存在できるのは、黒竜
そして、その近い存在であり、無の空間をつなぐ白竜だけだった


「むしろ、お前らがこの空間で平気なのがわからねぇよ
 なんだ・・・ここは」
力有るロートリアスには、こくたんの繋ぎだけでは、元の砂漠と
あの異様な無の空間が混在して見えている

「ごめん、力が足りなくて
 行けば、ブロージュがいるから手繋いで」
こくたんがそう言うと、ロートリアスは苦虫をかみつぶしたような顔で
あーとも、うーとも言えないような声を上げた

「あれ・・・入ってきたの?」
三人がこくたんに連れられて来たロートリアスを見てびっくりしている
いない、と思っていた人がいる
白龍のはくじにすら捉えられないほどロートリアスの気配はなかったのだ

「うん」
こくたんが、頷きかけた時、後ろから声がした
「全員揃いましたか?」
ブロージュが、さらりと、長い髪をたなびかせながらこちらに歩いてくる
その足取りは、いつもと変わらない
だからこそ、ブロージュの存在は、若き竜に取って、末恐ろしい物だった

「珍しいですね」
そう言って、ロートリアスに向かって手を掲げると、
ロートリアスの世界は一変した
どこからどう見ても、ただの砂漠
こくたんは、手を繋いでと言ったのに、ブロージュはいとも簡単に
ロートリアスに自分の周りに張っている結界と同じものをまた別に張る

「おちつかねぇからな」
そういうと、くすり、と笑うブロージュ
それは、ロートリアスの本心、護り人である『姫』の存在を
気にしていることを隠している事が露見しているという笑いだった

「それで、変化があったのですか?」
ブロージュがべにあか、るりに向かって聞くと、二人は首を横に振った

「無い、だから来た
 なぜ、帰ってこないんだ?」
るりがそう言うと、ブロージュはその綺麗な顔に皺を寄せた

「その理由、姫様と最後までいたあなた方の方がよくご存じなのでは?」
怒りを堪える、いや、怒りを爆発させないように深く強い声
びりりっと空間が震える

すっと目を逸らす中、後ろから見ていたはくじがブロージュに声を掛ける

「説明した以上のことはないよ
 だけど・・・ううん、だからこそ、何故帰ってこないかわからないんだから」
そういうはくじにブロージュはあっさりと頷いて
少しため息を吐いた

虚空を見つめる瞳に移るのは彼女の柔らかの微笑みと
やわらかで明るい声
それを思い出すたびに、ブロージュは、体の芯に灯る火を感じた
なのに、その存在がこの地にないという事実に
誰にも解らないが、ブロージュもまた打ちひしがれていた


「帰らない理由について、私も探して見ましょう
 湖の国に行って来ます
 あなた方は、どうしますか?」
「湖の国って・・・人の?」
べにあかがきょとんとした顔でブロージュを見る
何故、ここで人が関わって来るか解らないという顔だ

「湖の国には、巫女が居ます
 その巫女たちの力をお借りしましょう
 前王の水盆が残っているでしょうから、あの世界とも繋がっているはず・・・」
説明して居たはずのブロージュの声は
途中から、自らの考えになり、呟く

子竜たちは、その言葉の意味が理解できず首を傾げた

「よく分からないけど、待ってるのは性に合わない
 だから、いくよ、な」
そう、るりが、いうと、べにあか
はくじ、こくたん、そして、ロートリアスが頷いた

そうして、ブロージュは長に挨拶をし巨大な竜体になった
ぐらりと揺れる空間
ブロージュほどの力が動けば、世界の変動を起こす
だから、力有る竜は、今、力ある里、または巣を離れることが出来ない

そうしなければならないほど、世界が不安定になっている・・・
しかし、原因を突き止めなければ、この世界の安定
・・・それ以上に子竜たちをはじめ、ブロージュ、ロートリアスの安寧はない

竜体になれない子竜たちが乗り込むと、
帆をはためかすように巨大な羽が空気を孕む
ばさりと重たげに飛び上がるのは、飛ぶのが苦手だからではない
精霊の加護が少ない為、そして、世界の力を消費しないため自力で
羽と空気の圧力で飛び立つしかないのだ

それほどまでに世界は変わってしまった

そう、彼女が居なくなって1年が過ぎ去っただけだというのに・・・