主人公不在の竜の国 5



深く青い湖と、そして、風にそよぐ草原
穏やかで、この竜の国でもっとも安全な場所
それが、湖の王国だった

そこには、つなぎ目のない白い石・・・否、岩が
乱立して建物を形成していた
もし、これが、整然とならんでいたならば、ギリシア神殿のようだと
彼女なら思っただろう

人の背丈には大きすぎ
竜の背丈には小さすぎるが
間違いなく竜が人のために贈ったものであった

「白き竜さま、赤き竜さま
 小さな竜さまたち、ようこそ湖の神殿“フィラレルローラ”へ」

湖の神殿に竜たちが足を踏みれると、
白と青の装束を身に纏った女性達が、一斉に額ずいた

その様子に、子竜達は、なにこれ、という顔で見ているが
それを声に出すほど愚かでは無い
人には人の、竜には竜の考えがある
そしてそれを知る必要があるのは
未だ返ってこない待ち人を思うが為
しかし、この異様な様子に、好意を抱くことはできなかった

湖の王国は、最初のといわれてる竜の国への移住民である
遙か昔に召還された民
彼女たちは、神殿を住まいここで竜を神と崇め何世代にも渡り暮らして来た
何故、竜が神なのか

それは、彼女たちが召還された時によるものだった

初代たちは、とある場所の王族に囲われた
後宮の美姫たちだった
信仰心が厚い国で、後宮に巨大な神殿があり
彼女たちは、朝夕に祈りを捧げていた

この国の平安と繁栄
そして、自分たちの保身を・・・

しかし、その祈りは、神には届かなかった
忍び寄る戦の影
血と、怒声の中、彼女たちは、救いを求めた

その声は、次元を超え、時空を超え
この竜の国へと届いた

竜たちは、彼女たちの悲痛な声を聞いた
西の空を見上げるように、全ての竜が、その声を感知するほど
彼女たちの声は・・・祈りは強かった

そして、王は、喚んだ
かつて人で有ったものたちの願いにより、喚んだ

王を犠牲にすることを嘆き
この祈りを叶えたいという気持ちが混在しながら
竜には、人という手が、いつか必要となると
その元人であったものたちは、思った

彼女たちならば、竜と共存するだろうと

竜たちもまた、この悲痛な祈りを終わらせたかった
その悲痛の声は、同胞や紫の木が失われた時の悲しみと同じだった
それ故に、竜達は、王を犠牲にすることを承諾できたのだ

暗黒時代、全てが傷ついた竜の国
人によって傷付けられた
しかし、人が全て悪いものではないと竜は知っている
そして、その愛され愛した人だったものたちも
この哀しい祈りをする者達も護りたいと思った

竜はその命に代え人を迎えた

新しい世界に来た人たち
そして、息絶えた竜と、円陣の中護られるように喚ばれたことをしり
祈りが届き、救われたと知った

そうして、竜を神として崇めるようになった

その記憶は竜の血の奥底に眠っており
子竜たちが、この神殿に訪れることによって呼び覚まされた
その記憶は、全て理解した訳ではないが
湖の国の人たちが、竜を神だと思い
かつて、召還されたということを頭ではなく本能的に理解するに至った
それは、彼らが決して傷付けられることはないこと

そうして、この国は、護り女や巫女がいることを知った

「突然の訪問を許してください
 そして、我々の願いを叶えて頂けますか?」
ブロージュが、額づいた人達全員に聞こえるようにそう言った
その声は、あくまでも優しく穏やかで
土に水がしみこむように柔らかだった

1人の年かさな女性が頭を上げブロージュと捉えた
その目には、尊敬と畏敬が混じり合ったそんな表情だった

それを合図に頭を上げ他のものたちの目には
畏怖と畏敬が混じり合っていた
人の形をした人ならず強き者達
そして、この国を支配し、作る者達

彼女たちの目の色浮かぶ情報はそんなものだった

るりはそれを読みとり、人も対して竜の事を知らないということを知った
べにあかとはくじ、こくたんに声に出さず繋ぐと
長き時を過ごし、竜とともにないせいでは?とこくたんがいい
他二人は、どうでもいいと返した

「いかような願いでしょうか?」
座したままだが、にっこりと笑い、それは、竜の願いなら何でも叶えよう
否、叶えることができるという絶対の自信有るような表情だった

「前水の王の水盆で、召還者の元の世界を見せて頂きたいのです」
そう言うと、ざわりと周りが一瞬騒然とし、その声があった事さえ無かったように
しんっと静まり返った

絶対の自信を持った表情をした彼女は、眉じりを下げで
哀しそうな顔になる

「おお、白き竜さま、その願いは叶いませぬ」
そう言って立ち上がり、手で奥を指し示した

巨大な竜、しかし、ブロージュよりも、ロートリアスよりも小さな竜が
中央に作られ、今にも飛び立ちそうだった

通常、水の湛えられている水盆は、1つもなく
全て空になり、傾いでいた

「奥もこの有様です」
そう言って、こちらへ、と導くと、水盆の底には
ひびがはいり、酷い物だと、真っ二つに割れていた

「これは・・・」
さすがのブロージュも絶句した
1人1個とは言わないが、主たる巫女達や過去の巫女たちの水盆が
所狭しと置かれてるこの湖の神殿なのに
今は、ぽつらぽつらと、あるのみ

「そして、水のあるものもこの状態なのです」
そう言って、1段高い場所にある水盆をのぞき込んだ

水面は、揺れていた、内からか、外からか、振動で揺れているように
その動きは、留まることを知らなかった

「これじゃ、うつせないよね」
そう、はくじがいうと、神妙に頷いた

「今、残っているのは、初代王のもの
 そして、新しい水盆のみ
 それもこの有様です・・・」
ため息を堪えているような、そんな声で、彼女は語る

「なんと・・・いうことですか・・・」
ブロージュが呟くと
彼女はブロージュと捉えた
そうして
「竜の国で今、何が起こっているのですか?」
彼女はそう聞いた

彼女は、現王ではない
現王は、今は、奥で祈りを捧げている
彼女は、巫女長だった
だからこそ、現状を知りたいと、そして聞くことのできる人物だった

ブロージュは、彼女を見た
答えるべきか、答えざるべきか、そう逡巡し、答えることを選択した
それは、今からのこともあり、隠すべきできないとおもった故に・・・

「全ての精霊たちが、ほぼ休止活動している状態です
 その原因を探しに、来たのですが・・・」
歯切れが悪く、そうブロージュが言うと
お役に立てず申し訳ございませんと、平伏した

「また、何かありましたら、こちらに来ます
 しかし今は、水盆を」
そう言って、振り返る

「何?」
ブロージュの目にとらわれたのは、るりだった
「1つでいいんです、安定させることはできませんか」
そう、請われて、はっと目を見開き、るりを見つめる彼女に
るりはたじろいだ

1つでもいい、その言葉の意味するもの
そして、1つあれば、どうにかなるという自身

「どうぞ、お願い致します」
もう一度頭を下げる
その言葉を復唱するように、この場いる全ての人たちから
発せられたと思われる願いが、神殿に響いた

「できるかどうかは、分からない
 だけど、やらないよりはいいと思う」

そういって、るりは、水盆の水に手を浸した
びりっとする感覚のあと、水はとろけた

その後、るりが手をいれた場所からさざ波が起こり
水盆の縁にその波が当たって砕けた

るりの目の虹彩が縦になり、そして、耳が魚のひれのように伸びた
風もないのに、ふわりふわりと揺れるるりの髪と
ちゃぷちゃぷと音を立てる水だけが
この神殿の中で動くものだった

すっと、るりが手を引くと
水はなごりおしそうにるりの手に絡み
そして、水盆へと戻っていった

そうして、最後の一滴がぽとりと落ちた瞬間
水盆の水は、しんっと静まり返った

「いけた・・・かな」

るりにしては、少々自信なさげなのは
初めてすることだからだろうか、
しかし、るりはやってのけた

水の精霊たちの苛立ちを宥め
そして、甘やかし、安心させた

精霊たちは満足し、その場に留まり
巫女達に力を貸すだろう

ただし、力あるものたちだけに

「ありがとうございます」
立ち上がり、水盆を確認した途端また、平伏した巫女長に
「うん、また、何かあったらお願いしにくる」
そう答えて、るりは水盆を見やる

そこには、懐かしい姿が映ってる気がした
しかし、それは、るりが見せた幻
その幻はるりだけのもの

そっとため息をついて、挨拶をするブロージュについて
神殿の外へと出た

あいたい・・・るりは、切実にそう思った