主人公不在の竜の国10



冬、囂々と恐ろしい音をたてて風が舞う
白い雪が凶器となって、世界に降り積もり
すべてを白銀の世界へと覆っていた

子竜たちは、人の世で暮らしていた冬

宿籠もりをする精霊たちに謝罪をして1人の竜が
凶器の舞う空へと羽ばたいた

冬に飛ぶ竜は少ない
ゆったりと眠り春のために眠る
世界が静かに眠りにつくほどの冬に
ヴェルデは1人空へと舞う

「なんで、こんな時にいくの?」
契約精霊たちがヴェルデの空気の膜の中で不満げにつぶやいた
「何か気になんるんだ」
律儀に精霊たちに答えると、へーんなのっなんて言われながら
ヴェルデの飛行を手伝う精霊たちもその何かが
ヴェルデにとって眠れない原因だと知っていた

そう、初冬、ヴェルデはほかの竜とともに眠っていた
4竜で作った水盆以外に
積極的に参加したヴェルデはほかの竜よりの疲弊度が高かった
それ故に早々に眠り春まで起きないんじゃない?なんて
精霊たちに笑われていたぐらいなのに
ヴェルデは目覚めた
そしてこの極寒の冬に飛ぶというのだからただごとではない

水の王からも代償の王たちからも連絡はない
時折、様子が伝えられるが、特に変化はない連絡だった
各地から水盆が集まり見やすくなったとのことで
安心すればよいと、そういう連絡が最後に冬に突入したというのに
ヴェルデは飛んだ

子育て山に向かって

飛ぶたびに重く降り積もる雪、
そして体の動きを制限するつららと氷を幾度もふるい落としながら
ヴェルデは子育て山に到着した

「大丈夫?」
ちかちかと光りながら精霊が人型になったヴェルデのまわりを飛ぶ
「さすがに冷たいな」
指をぐ、ぱっと開いたり閉じたりしながら、感覚を取り戻そうとする
人であれば、凍傷していてもおかしくない状態だった

「馬鹿者、何しにきおった」
そう代償の竜の王に言われヴェルデは肩をすくめる
「気になった、それが何かはわらからない」
「とりあえず、湯に浸かって来てください」
森の王の言葉に素直にうなずき、子供たちが使っていた水場を
トカゲに似た生き物に指示を出し使った

「何なんだろうな・・・この感覚」
じんわりと広がる熱にヴェルデは、うっとりしながら感覚を探る
何かに呼ばれてる
なのに、それが何かわからない

ざばりと湯からあがり、拭くものを持ってこなかったと
隣の布部屋に入った
几帳面なブロージュとその精霊たちが積み上げた布の中から
荒い布をとってざっと体を拭った
自分の服は濡れているため、ガウンににたものを羽織った

二重布で中には綿が詰まっていた
「ああ、これは姫さんのか」
中に何枚も着込むためゆったりとしているから
ヴェルデが着てもおかしくはなかった
「ぬくいな」
1人そうつぶやいて、前を併せようとした瞬間違和感に気付いた
片方だけ重たい

右側のポケットといわれる部分に何かが詰まっていた
ヴェルデはそれに手をいれひっぱり出した
ひもで縛られた袋・・・
そう、紫の種をいれた巾着袋だった

「開けるね」
そう言って竜には開けられない巾着袋の細いひもを
両方から精霊たちが引っ張り開けると
中からは5つの種がでてきた
生命のつぶやきの聞こえない静かな種
それは、紫の種が死にかけてるか、それを回避するための
深い眠りについていることを示していた

「まずい、よなぁ・・・」
紫の巣に帰しても、どうしようもないだろう
むしろ、それに同調して枯れる確率が高いだろう

ここに・・・姫がいてくれたら
そうヴェルデは思わずにいられなかった

「送っちゃえば?」
精霊は言う
「違う世界に、それくらいの
 むしろ死にかけたそれなら送れるんじゃない?
 ま、人の能力によるけどね〜」
そう言ってキャラキャラ笑いながら精霊たちは紫の種の周りを飛ぶ
精霊たちは力そのもの故
だから、精霊たちはほかの世界を感じ
そして、この世界に開いた穴、否扉を感じ取っているのだろう

「そうだな、やれることやればいいよな・・・」

そう言ったヴェルデに同調するように
精霊たちは、くすくす笑いながらヴェルデの周りを飛びかう
「行きましょう」
というささやきと共にヴェルデは子供部屋を飛び出した

精霊たちにとっても、成竜にとっても
周りからじわじわ浸食されるようなこの場所は心地よいものではない
たとえ、極寒の中に飛び出そうとも
この地にいるよりは、ましというものだ

目指すは湖の国の神殿
かつて、水盆から、故国の樹木や小さな動物たちを喚んだ
それの逆のことだって、原理上はできる
ただ、それが、彼女のもとに行くか、それだけが問題である

どさり、と倒れ込むよに、神殿の広場に滑り落ちる

「情けないな・・・」
1人ごちて、ヴェルデは、羽を畳んで人に戻る
凍り付いた衣服からもわかるように1度目の飛行の時より
冷気の方がヴェルデの力より勝っていた

精霊たちは、ヴェルデの気の中にとけ込み今は誰1人飛び交っていない

「竜さま、こんな冬にいかがなされた」
ふわりと柔らかい布が覆い被さってきた
「ありがとう、巫女」
人の熱源をとらえて、ヴェルデが礼を述べる

「竜さまが、冬にこられるとは何の前触れですぞ?」
そう言われて、ヴェルデは苦笑するしかない
「頼みたいことができた、ただそれだけなんだ」
そう、あっけらかんというと、巫女から笑い声が漏れた
かぶった布の中と外の会話
お互いの顔も知らず、表情もわらかないが、二人の間から
冬のような緊迫した気配は去った

ばさりと布を取り、肩にまき直しヴェルデは巫女をみた
暗い中でもわかるほどくっきりと刻まれた皺

「緑の竜さまでしたか、白い竜さまのような綺麗な御髪でしたぞ」
そう言って、柔らかく笑うのは、ヴェルデが人にとって脅威的存在な竜ではないと
認めたからだろう

ヴェルデとしてもそのほうがありがたかった
若い巫女は、竜を伴侶として望み
大人の巫女は、竜を神として崇め
そして、年を取った巫女は、人として成熟する
竜にも人と同じく個性があることを理解し、個である時は
神としてではなく個として扱う
その気軽さがヴェルデには心地良かった

「今、神殿には、我ら老巫女しかおりませぬ
 それでかなう願いなら、かなえましょうぞ」
そう言って、王の水盆の前に歩み寄る

「でかいなぁ」
そう言って笑えるほど、水盆は大きかった
各地から集まった水盆がところ狭しと置かれて
神殿らしさを取り戻しているが、中央にあるこの水盆の異様さが
際だっていた

「力も、強大ですぞ」
そう言って、袖で口元を隠しふふぉふぉっと笑った
「老巫女《あなた》は使えるか?」
これでなくてはならない、これが使える人がいなければ今は意味がない
「前王の水盆よりは勝手がいきませんが、ね」
そう言って、水盆に手をかざす
ふっと映し出されたのは、彼女だった

「姫さん・・・」
寂しそうな顔で笑い、そして、遠くを見てため息をつく
そして、こちらからは見えない誰かと逢い笑う様子が映し出されている

「時折、誰もいない神殿で映し出されますぞ
 誰、とは聞きませぬ
 王になれるほどの力を持ったものだと言うことだけ
 私たちにはわかります」
「そうだろうな、竜の中でも、噂になるぐらいだからな」
自慢げに語るヴェルデにさもありなんと、老巫女は頷いた

無音の中、映し出される表情は、コマ送りの画像のように
くるくると代わり、その1瞬、わずか1コマの瞬間
目が合うと、ヴェルデの中がぽっと火が灯った

やっぱり、オレはあんたが好きだよ

灯った火が冷え固まった気持ちをじんわり溶かすように
ヴェルデの中は彼女への気持ちが満ちてきた

その瞬間、にこりと彼女が笑った

「これを、送ってくれ」
巾着に入ったままの種を老巫女に渡す
「どこかに行っても、仕方ない
 でも、必ず届く
 姫さんのところに、必ずな・・・」
じっと見つめる彼女は目を閉じて眠っている

「水盆へ沈めてください」
「行って来い、姫さんのところに
 そして、連れて帰って来てくれ」
そっと押し出すように、巾着から手を離すと
するりと水に溶けたように消えた

老巫女のつぶやくような祝詞
そして、揺らぐ世界の向こうにぽとりと落ちるように
巾着が届いた

その瞬間、水はぐるぐると回転し始めた
水の中からくすくすという笑い声
とくとくと、鳴る音がその笑い声の中に響いている

「着いたようですな」
少し疲労をみせた老巫女に礼を述べる

「人のばばぁから、お伝えしてもよろしいかな」
「なんだ?」
そう、お茶目にいう老巫女に、ヴェルデも笑って答える

「彼女は帰ってきますよ
 この地と不思議なぐらい繋がりが強い
 それは、我ら住むものより、ね
 そう感じ、そして、彼女も戻りたいと願っておりますぞ」
「そうか、戻りたい・・・か」
つぶやくヴェルデの声に喜色が浮かぶ
顔には笑顔が浮かんでいた
気の中にとけ込んでいた精霊たちもそのヴェルデの興奮に連れるように
外に出て、笑い声とともにきらきら、くるくると周りを飛び回っていた

「強くならねーとな
 他の誰かに取られないように
 ありがとう」
そっと、ヴェルデは老巫女の手を取る

「我らこそ、感謝を」
握られた手をぎゅっと握り返す老巫女の力強さに人の強さと
優しさをヴェルデは感じた

「お休みください
 ここも、まもなく雪に沈みます」
そう言って、するりと布を剥ぐ
「そうだな、春を待とう、雪の下でな」
静かになった水盆に、暖かな光が漏れている
紫の木の発芽する光だ
彼女の世界とこの世界が絶えず繋がった証拠
そして、その彼女が発する気がこの世界に流れ始めた瞬間であった

今は冬、長き冬
世界が白一色に染まり、生きるものが眠りに着く冬
春はまだ、遠い
けれども、春は必ず来る、そんな希望を抱かす光だった