主人公不在の竜の国 2



「帰って来てないね」
「来てないな」

ふぅ、とため息をついて、入り口近くの壁にもたれたのは
たんぽぽとときわだった

彼女がいなくなってから、竜の国では一月ほど時が流れた
彼女という灯火なくして子ども部屋に留まる理由はない
だから、子竜たちは、各地に去って行っていた

なぜならば、子ども部屋周辺は
紫の木が育つようになったとは言え
属性力が砂漠に次いで力の少ない場所

そんな場所で彼女が子育てする事になったのは
他に場所が無かっただけだった

竜の国で、子育てする場所が足りないというのは
今回が初めての事だった
王も長も途方に暮れた
授かった命だが、死なせてしまうのかと・・・

遙か過去、世界に力が常に飽和し
紫の木が、彼女が育てた種のように常に紫であり
世界各地にあった時代では、今のように属性の強い場所を探す必要が無かった

しかし、あの暗黒時代を経て
竜たちは必死で個体数と世界の広がりを保とうと
人と交わり、子を成した
それ程に少なくなって、弱き世界な筈なのに
何故、いきなり、溢れるほどの卵が産まれたのか・・・

人と共に、調整した世界に、来るべき時が来たのだ
黒竜が作る世界の枠を超えるほどの力が溢れた
それは、すなわち『全体繁殖』に繋がった

溢れた力は、竜の本来の姿や力を取り戻させ
竜たちはその力に歓喜した

全ての竜たちが、満たされ喜び
戦い、愛し合い、そして交尾した

溢れた力は、そのまま竜に収まり
結された卵は、力を持ち
交尾した全ての雌個体が生んだのではないか?と思われるほど
卵はかつてないほど産まれた

その中には、王や長になれるほど強い力を秘めたものもあった

竜という生き物は、強さを基準とする生き物だ
世界と、そして、世界を作り出す属性
そして、属性そのものが意識実体化した精霊たちと
強固に結びついて、竜はその強さを高めていく

王や長になるものは、生まれる瞬間から候補される
純血の中のさらに一握りのものたちの血の力の強さ

そうして生まれた卵を、属性の強き場所に置き
精霊や地場の力で育ち、さらに幼竜時代に護られ育つ
そうして、王や長となるべく器を育て
その後は、自らを磨き力有るものとして、存在していく

王や長候補は造られる

どの竜も雌雄が決するまで育ち続けるが
元の血筋に敵うものはない

ブロージュの様に、純血であり
親の血も強く、己を磨き続ければ長になるほどの力を手に入れることが出来る
事実ブロージュは、白竜の長にと2代前と1代前の長に、請われた
しかし、彼は、首を縦に振ることは無かった
常に、長の傍に有りながら、そこに自身が有ることを望まなかった
長、王、それは、竜として責ある存在であり
至高の存在であると言うのに

何故、ブロージュは、望まなかったのか
彼は、それ以上に、世の安寧を願った

竜の寿命は、力に左右される
殆どが1000年以上生きると言えども
若き力溢れる竜には未来があり、この先の試練に耐えうる希望がある
ブロージュは、その若き力に思いを託し、その力を護り育てた
そして、自らは、番とともに強き子孫を残したが
その雌の竜は、もう居ない

その番が居なくなって、長は2代変わった
だからこその長への誘いで有ったが
ブロージュは、感情を軸に動いた

竜という生き物は、感情より役割で動く
世界の枠組みに必要ということを感覚的に理解し、番を求め
そして、力を放出する

しかし、最後の番となるべき相手は違う
竜として、1人の竜としての感情で番を求めることを始める
余生と言っても良いだろう
雄として、竜として、感情により最愛の番を求める

そして、ブロージュは、求めた
純血ではない力の者を・・・

砂漠を住処とする白黒の竜にとって
純血の卵を持つ余裕はないというのに

王や長になるべき卵以外の純血の卵は
精霊の加護があり、地の結びつきがある為強い
多少地場の弱い場所でも育てることができる
しかし、混血の卵はそうはいかない
そうして、混血の卵の力のあるものから各地に置かれていった卵の余り

そう・・・余りが
10個の卵だったのだ

その内3つが、3つの人の国、湖、砂漠、そして森の国へと託された
そして、7つが新しい護り人に預けられた
ほとんど力の無い元紫の木の中に・・・

その為、かつての王が、代償とし紫の木を石化させ
全王たちも同じ場所で代償を行った
それは、その空っぽの地に少しでも力を与える為
石化した紫の木の力を呼び起こす為にもその場で力を使った
その為、代償の力、そして、紫の木の化石化から溶け出す力のみが
彼ら7人を育てる力だったのだ

しかし、護り人は強かった
竜や精霊が宿籠もりが出来るほどの力を
無意識に垂れ流し、その愛情の先にはいつも子竜たちがいた
それによって、彼らは強く、逞しく育っていった
死すら覚悟していた彼らに・・・

その為、貪欲だった
強くなること、そして、彼女を護ることに

子ども時代である今を過ぎれば
師である、強き竜ブロージュは、敵となる
その上、雌竜であるルアン
若き雄、ヴェルデ
甘い匂いにつられ、長の命により近づき絆されたロートリアス
垂れ流す力を受け、強くなり
竜の力を求める本能が目覚めていく彼らを止める術は
今の子竜たちには無い

だから、強くなるしか無かった
誰にも渡さないように

灯火の消えた子ども部屋に
週1の割合で、兄弟ネットワークとも言える
繋がりで呼び合い、
ときわとたんぽぽは、ヴェルデとともに子ども部屋に降り立った

「・・・いないな」
気配で解っているはずなのに、ヴェルデもまたそう呟いた

部屋の真ん中で、縫い物をしている彼女
入口に立つせいか影が出来て気付いて
笑顔になる、そんな普通がたまらなくヴェルデは好きだった

今もその光景が脳裏浮かんでいるのだろう
少し暗い目をして、部屋の中を見ていた

「何でかな・・・」
たんぽぽが、誰ともなしに聞いた
「当たり前の事だったのにな」
そう、ときわが答えたがときわ自身の心も揺れていた

いない・・・ってことがこんなに辛いと思わなかった
そう、言ったのは誰だったのか
4日待って、さらに1週間経ったとき
このままでは、駄目だと、こくたんが言った時には
各地に行くと、みんなの心は決まっていた

空虚な空間は、子竜たちにむなしさを教えた
思う存分戦って帰っても、迎えてくれる人の居ないむなしさ
火が灯ったような温かな空間は、彼女ただ1人によって
造られていたという事実が、子竜たちを嘖めた

時が、過ぎるにつれ、子竜たちの体に変化が訪れた
石化した紫の木に吸い取られて行くような感覚を覚えた

そして、それ以上に不安定になる心が
精霊たちの不満となった
安定した存在でない竜の近くに精霊たちは寄りたがらない
それは、属性そのもの、力そのものが破綻し
精霊の存在と霧散させることになるからだ

だから、帰ってくるまで、待つため
強くなって待つために、各地へ行くことにしたのだ

各地での生活は、それなりの暮らしだった
竜本来の暮らし、誰に縛られるでもない気楽で自身の為だけの暮らし

竜自身の力は強くなった
でも、何もかもが物足りなかった

そう、何もかもが
だが、この空っぽな空間を見れば見るほど
その中にいた筈の人物の影を追う

はぁ・・・

そう、ため息を吐いたのは誰だったのだろうか
重くたれ込めた空気は、よどみを増すようにため息を吸い取っていただけだった

Powered by NINJA TOOLS